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間違いだらけの恋でした
親友の鷺沢紗知(さぎざわ さち)は、いつもとんでもないうっかりミスをする。 土曜日に出かける約束をしたのに、私が待ち合わせ場所で待っていると、「約束は明日だったよね」と電話してきたり。 行く予定のレストランの名前を何度も間違え、私が何時間も探し回る羽目になったり。 私、荻野凪咲(おぎの なぎさ)は何度も振り回され、彼氏の久我真言(くが まこと)も最初はそんな彼女をたしなめていた。 けれど、いつからか彼は彼女を庇うようになり、私に「許してやってくれ」と言うようになった。 大学の入学を控えた春休み、紗知が卒業旅行に行こうと提案してきた。 ところが飛行機を降りて気づいた。私が着いたのはオーストラリアで、紗知と真言が向かったのはオーストリアだったのだ。 電話越しに、紗知はひたすら謝っていた。 「ごめんね、凪咲!真言がずっとちょっかい出すから、私も分かんなくなっちゃったのよ」 「自分がドジなのを、俺のせいにするなよ」 紗知のそばから、真言の呆れつつも甘やかすような声が聞こえてくる。 「凪咲、お前はそのままオーストラリアで遊んでなよ。 紗知がいつも言い間違えるのは知ってるだろ。そうだ、旅行中の支払いは全部俺のカードで落としていいから、それで勘弁してくれ」 見知らぬ異国の空港の到着ロビーに立ち、二人のじゃれ合う声を聞いていると、ふと、もうどうでもいいと思った。 間違いだらけの彼らの茶番に付き合うのは、もうやめよう。
Chapters (1)
第1章
親友の鷺沢紗知(さぎざわ さち)は、いつもとんでもないうっかりミスをする。
土曜日に出かける約束をしたのに、私が待ち合わせ場所で待っていると、「約束は明日だったよね」と電話してきたり。
行く予定のレストランの名前を何度も間違え、私が何時間も探し回る羽目になったり。
私、荻野凪咲(おぎの なぎさ)は何度も振り回され、彼氏の久我真言(くが まこと)も最初はそんな彼女をたしなめていた。
けれど、いつからか彼は彼女を庇うようになり、私に「許してやってくれ」と言うようになった。
大学の入学を控えた春休み、紗知が卒業旅行に行こうと提案してきた。
ところが飛行機を降りて気づいた。私が着いたのはオーストラリアで、紗知と真言が向かったのはオーストリアだったのだ。
電話越しに、紗知はひたすら謝っていた。
「ごめんね、凪咲!真言がずっとちょっかい出すから、私も分かんなくなっちゃったのよ」
「自分がドジなのを、俺のせいにするなよ」
紗知のそばから、真言の呆れつつも甘やかすような声が聞こえてくる。
「凪咲、お前はそのままオーストラリアで遊んでなよ。
紗知がいつも言い間違えるのは知ってるだろ。そうだ、旅行中の支払いは全部俺のカードで落としていいから、それで勘弁してくれ」
見知らぬ異国の空港の到着ロビーに立ち、二人のじゃれ合う声を聞いていると、ふと、もうどうでもいいと思った。
間違いだらけの彼らの茶番に付き合うのは、もうやめよう。
第 1 話
1週間後、私はオーストラリアからK市へ戻ってきた。
同じ頃に到着する予定だった二人は、空港に姿を見せなかった。
私は荷物を受け取ると、彼らを待たずにタクシーを拾い、家へ向かった。
タクシーの運転手はとても気さくな人で、私を見るなり次々と話しかけてくる。
「お客さん、一人旅ですか?」
「はい」
「勇気がありますね。怖くなかったですか?」
私はかすかに笑って答えた。
「少し不安でしたけど、今はもう平気です」
家に着くと、スマホにいくつかメッセージの通知が届いていた。
どれも、私たち三人のグループチャットからだ。
【凪咲、ごめん!飛行機の時間間違えちゃって、私たち明日帰ることになったの】
【お前みたいなドジっ子が、海外旅行なんて無理だろ。俺がついてきて正解だったな】
【凪咲、あんたの彼氏がまた私のこといじめてくる!早く懲らしめてよ!】
私は荷物を置き、文字を打ち込む。
【二人ともオーストリアで一緒にいるんでしょ?いちゃつくなら、わざわざこのグループでやらなくてもいいんじゃない?】
次の瞬間、真言から電話がかかってきた。
通話ボタンを押すと、電話口から、紗知のすすり泣く声が聞こえた。
真言は不機嫌そうな声で言った。
「凪咲、今のどういう意味?俺たちのことを疑ってるのか?」
「別に」
「じゃあ、あの言い方はなんだよ」
「思ったことを言っただけ」
「凪咲!たかが旅行だろ。紗知がうっかり間違えただけじゃないか。それに、お前だって俺の金でオーストラリアを1週間タダで楽しんできたくせに!
紗知が今、泣いて落ち込んでるんだから、早く慰めてやれよ」
真言はそう急かすと、スマホを紗知に渡したようだ。
「紗知、もう泣くな。凪咲に謝らせてやるから。このあとハルシュタットに行くんだろ?せっかくのメイクが崩れるぞ」
紗知はしゃくりあげながら私に謝る。
「ごめんなさい、凪咲。全部私が悪いの。オーストリアに来るんじゃなかった」
「大丈夫、もう気にしてないから」
「じゃあ明日の朝、空港まで迎えに来てくれる?朝7時には着くから」
紗知の泣き声が、少しずつ収まっていく。
「本当にごめんね、凪咲。お土産買ってくるからね」
真言が低い声でなだめる。
「あいつは絶対来るさ。ほら、もう泣き止んで、メイク直しに行こうぜ」
「フェイスパウダー、持ってきてないの」
「俺が持ってるよ、ばーか。全部俺のバッグに入ってる」
二人は私の存在など気にも留めず会話を続け、電話を切ることすら忘れていた。
私は自分から通話を切り、そのまま5分ほど待った。
折り返しの電話も、メッセージの通知もなかった。
彼らはまたしても、私を蔑ろにしたのだ。
……
自分の部屋に入ると、窓際に吊るされた手作りの風鈴が目に入った。
私はそれに近づき、そっと取り外す。
これは真言と付き合い始めたばかりの頃、二人で手作り体験の店に行って作ったものだ。
「風鈴が鳴ったら、それは俺がお前を想っている合図だ」
彼はそう言っていた。
その風鈴が鳴らなくなって、どれくらい経つのか、もう思い出せない。
スマホがピコンと鳴り、私は反射的に画面を開く。
LINE公式アカウントからの通知だった。
何気なく通知を確認したあと、ピン留めした真言とのトーク画面を開く。最後のやり取りは、出発前に彼が送ってきた【明日の朝、忘れ物すんなよ】というメッセージで止まっていた。
それ以前の履歴をスクロールしても、ほとんど私の独り言のようなメッセージばかりだ。
私は真言のインスタを開く。
プロフィール画像は私と手を繋いでいる写真のままだが、投稿されている内容は、私とは何の関係もないものばかりだった。
私と付き合ってからの1年間で、彼が私についての投稿をしたのはたったの5回。
しかし紗知と出かけたこの1週間で、彼は何十回も投稿している。
画面が一瞬固まり、タイムラインが再読み込みされた。
真言の新しい投稿がアップされたのだ。
写真には、オーストリアの街角で、大きなバラの花束を受け取り、驚きと喜びに満ちた紗知の笑顔が写っていた。
花束を贈った相手は、言うまでもない。
私は静かに目を伏せ、その投稿に「いいね」を押して画面を閉じた。
それから箱を一つ取り出す。中には、真言からもらったものがぎっしり詰まっている。
しばらくそれを見つめた後、あの風鈴もその中に押し込んだ。
明日、この荷物を彼に突き返して、最後に別れを告げよう。
……
翌日、私は時間通りに空港へ到着した。
朝7時から10時まで、ずっと待ち続けた。
何度も電話をかけたが、一向に繋がらない。
朝から何も食べていなかったせいか、頭がくらくらしてきた。
このままではまずいと思い、意識が朦朧とする中、空港内のコンビニへ朝食を買いに行こうとした。
しかし次の瞬間、私は大きな音を立てて、そのまま冷たい床に倒れ込んでしまった。
再び目を覚ました時、私は病院のベッドに横たわっており、腕にはブドウ糖の点滴が繋がれている。
「気がつきましたか?空港で低血糖を起こして運ばれてきたんですよ」
看護師がいくつかの注意事項を説明した後、ふと思い出したように言った。
「そういえば、さっきからスマホがずっと鳴ってましたよ」
「ありがとうございます」
私は力の入らない体をなんとか起こし、スマホの画面を確認する。案の定、着信が何件も残っていた。
すべて真言と紗知からのものだ。
私は着信履歴から一件選び、折り返し電話をかけた。
「凪咲、お前迎えに来るって言ったよな。今どこにいるんだよ!」
電話が繋がるなり、耳に飛び込んできたのは真言の怒鳴り声だった。
「もう午後1時だぞ!来たくないなら最初からそう言えよ。紗知は飛行機酔いしてるのに、お前を待ってたせいで余計具合悪くなってるんだぞ!
紗知への当てつけのつもりか?彼女は何もしてないだろ!文句があるなら俺に言え」
「大丈夫だよ、真言。凪咲を怒らないで」
「お前は黙ってろ!お前が甘やかすから、こいつがつけ上がって自分勝手なことばかりするんだ!
凪咲、今すぐ来い。紗知と空港の到着ロビーにあるカフェにいるから」
私が一言も発する間もなく、電話は一方的に切られた。
漏れ聞こえる電話の声で一部始終を聞いていた看護師さんは、眉をひそめて私を気の毒そうに見た。
「今のは、お友達の彼氏さんですか?ずいぶん勝手な人ですね……」
私はベッドから降りる。
「いいえ、私の彼氏です」
目を丸くする看護師さんをよそに、私は淡々と自分のバッグを手に取り、会計を済ませて病院を後にした。
指定されたカフェに着くと、真言と紗知はお揃いのTシャツを着て、スマホゲームをしていた。
「もう!なんでまた私を守ってくれなかったの!」
ゲーム内でやられてしまったらしく、紗知は怒って真言のスマホを奪おうとする。
「貸して!まだ遊び足りないんだから!」
「凪咲にだって俺のアカウントを触らせたことないんだからな、お前には絶対貸さない」
「またそうやって凪咲をダシにする!このサイテー男!」
真言がわざと手加減したせいで、紗知はまんまとスマホを奪い取り、適当にスキルを空撃ちして遊んでいる。
やれやれと苦笑いしながらスマホを取り返す真言の横顔を、私は静かに見つめた。
彼と一緒にゲームをした時のことを思い出した。あの時、彼は「なんでそんなにすぐ死ぬんだよ」と私を責めるばかりだった。
彼がゲームをしているのを隣で見ようと顔を近づけた時も、眉をひそめて私を押し退け、「集中できないから邪魔しないでくれ」と言い放ったものだ。
男の子はみんなそういうものだよ、ゲームになると本気になっちゃうんだから――紗知はそう言って私を慰めたけれど。
結局、彼は私のことをそれほど好きではなかった。それだけのことだ。
ゲームが一段落すると、真言はごく自然な仕草で紗知のドリンクを手に取り、一口飲んだ。
私が近づくと、真言は私を見るなり、その目に苛立ちと不満の色を浮かべた。
「なんだ、すぐ来れるんじゃん。なんで最初から時間通りに来なかったんだよ?」
「7時に着くって言ったのはそっちでしょ」
真言は言葉に詰まり、少しだけトーンを落とした。
「だったら待ってればよかっただろ。用事があって帰るにしても、ひと言連絡くらいできたはずだ」
「なんで本当の到着時間を教えてくれなかったの?」
私は真言の目を真っ直ぐに見据える。
「到着時間が変わったなら、そう教えてくれればよかったじゃない。
もう、あなたたちの都合に振り回されるのはうんざりよ」
紗知がスマホのモバイルオーダーの画面を見せてきた。
「凪咲、怒らないで。全部私が悪いんだから、真言と喧嘩しないで。ほら、何飲みたい?」
「喧嘩するつもりはない」
私は淡々とした声で告げた。
「真言、私たち別れよう」
真言は勢いよく顔を上げ、信じられないというような目で私を見た。
「凪咲、自分がいま何言ってるか分かってんのか?」
紗知も慌てて私の腕を掴む。
「凪咲、私に怒ってるならちゃんと言って?そんな急に別れるなんて言わないで、一回落ち着こう?
真言と付き合うために、あんなに頑張ってたじゃない。私のせいで喧嘩して別れるなんてダメだよ。私、もう帰るから、ね?」
「お前は帰らなくていい」
真言は紗知を制すると、不機嫌そうに顔をしかめ、嘲笑うような口調で私に向かって言った。
「凪咲、最初はそっちからしつこく俺を追いかけ回してきたくせに。本当に俺と別れるって言うんだな?」
「本当よ」
重い沈黙が、その場に流れた。
真言が口を開く。
「理由は?」
「私たちはもう、合わないと思うから」
「だから、理由を聞いてるんだよ!」
真言の語気が次第に荒くなっていく。
「俺が少し文句を言ったからか?それとも俺のインスタのせいか?俺たちがオーストリアに行ったからか?
お前が何も聞いてこないから、物分かりが良くて、無駄なヤキモチも焼かない女だと思ってたのに」
「私、あなたが思うほど物分かりよくないよ」
「お前、いちいちそうやって口答えしなきゃ気が済まないのか!?」
真言はドンッとテーブルを拳で叩き、血走った目で私を睨みつけた。
「今日の言葉は、ただのワガママってことにしておいてやる。家に帰って頭を冷やせ。紗知はいつもお前に優しくしてただろ?俺だって、お前にひどいことをした覚えはない。
お前をオーストリアに連れて行けなかっただけだろ?俺が彼女だと認めてるのはずっとお前なんだ、それだけじゃ不満なのかよ」
「そうだよ、凪咲。私と真言は本当に何もないの。私たち、顔を合わせればケンカばっかりなんだよ」
「もういい。これ以上、お前に説明する義理はない」
真言は立ち上がり、紗知の手首を掴んで強引に店の外へ歩き出した。
「大学に入って、またいじめられたって泣きついてくるなよ」
二人はあっという間に店から出て行った。
私は改めてカフェラテを注文し、席に座り直して、真言の最後の言葉を反芻していた。
私は内気な性格で、周りからいじめられることが多かった。
真言は、そんな私を一度助けてくれた。
それからは、いじめられるたびに彼に助けを求め、庇ってもらっていた。
彼に助けられる日々が何年も続き、やがて私たちは付き合い始めた。
しかし今、私を傷つける側に回ったのは、他でもない彼自身だった。
幸いなことに、私はもう、自分で自分を守れるようになった。
カフェラテを飲み終えると、私は一人で家へ帰った。
……
大学の入学式まであと3日。夕食の時、母がふと尋ねた。
「凪咲、本当に海外の大学に行くの?」
「うん」
「帝都大には行かないのね?」
私は小さく微笑んだ。
「行かないよ、お母さん」
母はそれ以上深くは追及せず、私の好きな唐揚げを、そっと私のお皿に移してくれた。
「海外に行っちゃったら、なかなか会えなくなるわね。そういえば紗知ちゃんから聞いたけど、明日の夜、クラスの集まりがあるんでしょう?みんなにちゃんと挨拶しておいで」
……
翌日、私はクラス会が開かれるレストランへ向かった。
集合時間は夜の7時。それは絶対に間違いない。
ところが、店に着いたときには、クラス会はすでに始まってからかなり時間が経っていた。
私がドアを開けて入っていくと、クラス委員長がすぐに眉をひそめた。
「荻野、何してたんだよ。1時間半も遅刻だぞ。
普段ならともかく、今回は卒業記念の集まりだろ!」
私はスマホを取り出して言った。
「私への連絡では、7時集合になってるけど」
委員長は鼻で笑う。
「はいはい、遅刻は遅刻だろ。鷺沢がクラス全員に連絡したんだぞ。お前だけわざと時間を間違えるわけないだろ」
クラス中からドッと笑い声が広がる。
紗知は真言の隣に座り、私に向かって手を振っていた。
周囲を見渡すが、空いている席は二人の隣しかない。
私は観念して、そこに腰を下ろした。
すぐにまた、周りの会話が再開される。
「そういえば、久我と鷺沢ってどこの大学に行くんだっけ?」
「帝都大に決まってんだろ!真言の第一志望だったしな」
「すげーな!うちのクラスの最強コンビが、帝都大でも無双するってわけか」
みんなが真言と紗知の周りに集まり、飲み物を手に祝杯をあげる。
私は彼らに押し潰されそうになり、思わず真言の名前を呼んだ。
案の定、真言は私をちらりと見たが、口角を少し上げただけで、そのまま無視した。
私は唇を噛み締め、腹を決めて冷たく言い放った。
「ちょっと、押さないでよ」
すると、真言の取り巻きたちが不機嫌な顔をした。
「荻野、なんだよその態度は?真言の隣にいられるのは自分だけって言いたいのかよ」
「そうだよ、お前に乾杯してるわけじゃないんだから、何を気取ってるんだ?」
「真言と紗知がオーストリア旅行にお前を連れて行かなかったのも納得だな。俺が彼氏なら、とっくにお前なんか振ってるぜ!」
「ちょっと、みんな言い過ぎ!凪咲をいじめるのはやめて!」
紗知はわざとらしく拳を振り上げるポーズをとる。
「凪咲、怒らないで。みんな、あなたが今日遅刻したから少し怒ってるだけなの」
「遅刻なんてしてない。あなたが教えた時間が違っていたのよ」
私は立ち上がった。
「どうして私宛てのメッセージだけ、7時集合になっていたの?」
紗知はきょとんとした顔をした。
「何言ってるの?みんなに同じ時間を一斉送信したんだから、間違えるはずないよ」
そう言って、彼女は悲しげに泣き出した。
「凪咲、まだ旅行のことで怒ってるのは分かるけど、私を悪者にするのはひどいよ」
「こんな奴、最初から呼ぶべきじゃなかったんだ!どうせみんなこいつのこと嫌いなんだし!」
「そうだよ、久我!自分の彼女くらいちゃんと躾けとけよ!」
あちこちから声が飛び、みんなが真言に詰め寄る。
隣では、紗知がいかにも傷ついた様子で泣いている。
真言は腕を組み、面白がるような目で私を見下ろしていた。
その瞬間、私は悟った。真言もこの嫌がらせの共犯者なのだと。
「真言……?あなた、どうしてこんなことを?」
「お前が紗知の機嫌を損ねたんだから、お前が恥をかいて機嫌を取ってやれよ」
真言は冷たく鼻で笑い、紗知を抱き寄せた。
「お前、俺と紗知ができてるって疑ってたんだろ?ああそうだよ、その通りだ。
凪咲、お前って本当に陰湿な女だな。何かあると、全部紗知のせいにするなんて。
さあ、お前のワガママでとばっちりを受けた紗知に謝れ!」
真言の腕の中で、紗知は弱々しく身じろぎした。
「真言、凪咲にそんなこと言わないで」
「こいつには少し痛い目を見せて、その被害妄想を治してやらなきゃダメなんだ」
全身の血の気が引くのを感じながら、私はかつて人生で最も大切だったはずの二人を見つめていた。
「あっ、真言!こいつ、お前から貰ったもの持ち歩いてるぜ!」
真言の取り巻きの一人が、いつの間にか私のバッグを勝手に開け、私が真言に返すつもりだった箱を取り出していた。
真言は箱をちらりと見ただけで、開けようとはしなかった。
私は血相を変え、バッグを取り返そうと振り返る。
しかし真言が私を力ずくで押さえつけ、どうしても紗知に謝罪させようとしてきた。
その間に、取り巻きの男は私の日記帳まで引っ張り出し、勝手にページを開いて大声で読み上げ始めた。
「5月12日、晴れ。真言はまた自分から連絡をくれなかった。でも、牛乳を買ってきてくれたから許してあげた。
6月1日、曇り。真言が塾をサボって、紗知を遊園地に連れて行った。私も一緒に行きたかったな。でも今の成績じゃ帝都大は厳しいから、勉強頑張らなきゃ。真言と同じ大学に行くために!
ギャハハハ!なんだこれ、真言の観察日記かよ!?」
これには、泣き真似をしていた紗知でさえ我慢できず、顔を背けて吹き出した。
私は嘲笑の渦の中に立たされ、日記は彼らの手から手へ渡り、好き勝手に読まれている。
真言は、私を守ってはくれなかった。
彼は私の敵側に立ち、見下すように言った。
「凪咲、俺と紗知に謝れ。そうすれば今日のことは無かったことにしてやる。俺はこれからもお前の彼氏だし、将来は結婚してやってもいい」
紗知は涙を拭いて言う。
「凪咲、大丈夫だよ、私には謝らなくていいから。
真言みたいないい男、そうそういないよ。早く彼に謝りなよ。帝都に行ったら、私たちで助け合わなくちゃいけないんだし」
私は怒りで全身が震え、耳鳴りが止まらなくなった。
どこからそんな力が出たのか、私は真言を力いっぱい突き飛ばし、取り巻きの手から箱を奪い取ると、彼に投げつけた。
箱の中から、彼が私にくれたプレゼントが床一面に散らばる。
そして私は日記帳を奪い返し、ボロボロになったそれをバッグに押し込むと、振り返ることなくその場を立ち去った。
去り際、最後の一言を言い捨てて。
「真言!私たち、もう終わりよ!」
家に帰ると、残りの荷物をすべてまとめた。彼らに内緒で進めていた留学の準備は、とうに完了している。翌朝早く、私は予定を早めてS国へ向かった。
……
2日後、真言と紗知は帝都に着いた。
紗知が帝都大へ入学手続きに行こうと急かすが、真言は空港の到着ロビーを食い入るように見つめ、見慣れた姿を探そうとしていた。
ついに耐えきれなくなった彼は、凪咲の番号へ電話をかけた。
しかし、着信拒否されていた。
真言の指が、知らず知らずのうちに震え出す。今度は凪咲の両親に電話をかけた。
だが、誰も彼女の居場所を教えてはくれなかった。
突然、とてつもない不安に襲われた真言はもう一度、別の相手に電話をかけた。電話の向こうで、担任の先生が訝しげに彼の質問に答えた。
「荻野ならS国に留学することになったはずだぞ。君は知らなかったのか?」