第1章
妹の夕凪灯(ゆうなぎ あかり)が、クラスの男子生徒にビンタされた。
父は血相を変えて学校に乗り込み、担任に説明を求めた。
母は普段の体裁など構わず、保護者のグループLINEで大騒ぎした。
なかでも兄は、その日の夜に不良仲間を七、八人引き連れて校門で例の男子生徒を待ち伏せし、たっぷり「教育」してやった。
だが、灯は不満げに言った。
「みんながこんなに騒ぐから、クラスメイトに笑われて、誰も遊んでくれなくなったじゃない!」
母は途端に焦り出し、手作りのカップケーキをクラス全員分焼いて、クラスのみんなに配るよう灯に持たせた。
兄と父も何度も「もうしない」と約束し、十万円のお小遣いを渡して、ようやく灯の機嫌を直した。
翌日、灯のケーキが私の手元に回ってきたとき、私はようやく勇気を振り絞った。
「お母さん……私、学校でいじめられてるの……」
母は灯のために料理を作るのに忙しく、上の空で答えた。
「もう、遥ってすぐ大げさに言うんだから。ただの悪ふざけかもしれないでしょ?」
「お兄ちゃん……お小遣いを取られて、テストの答案も破られたの……」
兄は灯のためにゲームのランクを上げることに夢中で、答える気配はなかった。
代わりに、傍で聞いていた父がいい加減な返事をした。
「お前がちょっかいを出さなければ、相手だって嫌がらせなんてしないだろ。自分のどこが悪かったのか、よく反省しなさい」
私は黙って自分の部屋に戻り、一晩中反省したが、結局、自分が何をしたのか分からなかった。
その後、私はいじめグループに路地裏で囲まれ、服を脱がされて写真を撮られ、血を吐くまで殴られた。
実家に何度も電話をかけたが、誰も出なかった。
結局、奴らはそのまま逃げていった。
あいつらの話では、前回ここまで殴られた人は、内臓破裂で死んだらしい。
ボロボロの体で家に帰ると、母と父と兄が、プリンセスドレスを試着する灯を囲んでちやほやしていた。
でも、今日は私の誕生日なのに……
私は何も言わず、手元に残ったわずかなお小遣いを使い、バスに乗って白峰斎場へ向かった。
私は白峰斎場の警備員に言った。
「おじさん、私、もうすぐ死ぬの。だから、お葬式の準備をしてくれないかな?」
第1話
私は警備員の馬場(ばば)さんに連れられて手を洗い、擦り傷を消毒液で処置してもらった。
彼はスマホを取り出し、私の代わりに実家へ電話をかけながら慰めてくれた。
「家族と喧嘩して家出してきたんだね。お父さんもお母さんも、きっとすごく心配してるよ。
迎えに来てくれるよう頼んであげるから、ね?」
心配してる。その言葉にハッとした。
馬場さんのスマホから聞こえる呼び出し音を聞きながら、私の心臓は激しく高鳴っていた。
以前、母が灯の欲しがっていたおもちゃを買ってあげなかったとき、灯は怒って家出したことがあった。
あのとき、家族全員がひどく心配した。
父は二十四時間も経たないうちに三度も警察に駆け込み、兄は仲間を連れて街中をくまなく探し回った。
やっとのことで灯がようやく見つかったとき、母は妹を抱きしめて号泣し、どんなワガママでも聞くと約束した。
兄と父も目を真っ赤にして泣いていた。
みんな、私のためにもこんなに心配してくれるだろうか?
心の奥底に再びほんの少しの希望が芽生え、私の目に光が宿った。
馬場さんはそれを見て心を痛めたのか、私の頭を優しく撫でてくれた。
電話がようやく繋がり、馬場さんが事情を説明した。だが、電話口からは兄の苛立った声が聞こえてきた。
「夜遅くにフラフラ出歩いて、何やってんだよ。灯がもう寝るってのに。
一晩くらい外で放っておけばいい。もう大人なんだから、自分のことは自分でなんとかするだろ」
私はその場に立ち尽くした。
電話の奥では、灯がまだ甘えていた。
「ママ、一緒にお風呂に入れて!お兄ちゃん、歯磨きはどこ?パパ、絵本を読んでくれる?みんな、ちゃんと私のそばにいてくれるよね、どっかに行っちゃダメだよ」
馬場さんはまだ何か言おうとしたが、電話はすでに切られていた。
私は俯いた。
こうなることくらい、とっくに分かっていたじゃないか。
小さい頃から、私は家で一番おとなしくて、聞き分けのいい子供だった。
私なら自分で自分の面倒を見られるから、気にかける必要はないと、全員が思い込んでいた。
だから当然のように、みんなの愛情は灯へと注がれた。
大丈夫……本当に大丈夫だから……
胸の奥が込み上げ、私は耐えきれずに、また一口血を吐いた。
第2話
「おい!どうしたんだ!ちょっと待ってな、すぐ準備して病院へ連れて行ってあげるから!」
馬場さんはひどく驚いていた。
私はパニックになり、ティッシュを取り出して、血で汚れた地面を慌てて拭き取った。
そして、馬場さんがティッシュを取りに行っている隙に、急いで逃げ出した。
病院に行けば、お金も時間も体力もかかってしまう。
前に私が熱を出して病院へ行ったときも、父と母と兄は、誰が私の看病をするかで何度も言い争っていた。
これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。
白峰斎場の裏山には白峰霊園がある。私は自分のための場所を選び、静かに横たわった。
体はまだ痛かった。
私を殴った奴らの話では、血を吐いたということはかなりの重症で、内臓破裂を破裂している証拠だって。
すぐに治療しなければ、死んでしまう。
でも、私が死ねば、家族の厄介事が一つ減る。
霊園はとても静かで、木々の葉が擦れるカサカサという音だけが聞こえてくる。
私は怖くなり、スマホの残り少ないバッテリーを使って、思わず母に電話をかけた。
しばらくしてようやく電話に出た母は、ため息をついて言った。
「自分から家出しておいて、人のせいにするんじゃないの。大人しく外で頭を冷やして、明日は自分でバスに乗って帰ってきなさい」
私が何か言う間もなく、母はまた電話を切ってしまった。
母は勘違いしている。私は迎えに来てほしかったわけじゃない。ただ、最後に母の声をもう一度聞きたかっただけなのに。
今日は私が死ぬ日であり、そして私の誕生日でもある。
「お誕生日おめでとう、夕凪遥(ゆうなぎ はるか)。お誕生日おめでとう……」
真っ暗な夜空を見つめながら、私は自分へのバースデーソングを歌い、ただ静かに死が訪れるのを待った。
翌日。目を覚ますと、ひと筋の朝日が差し込んでおり、私は自分が死んでいないことに気づいた。
それでも、体はまだひどく痛む。
「あそこにいたぞ!」
馬場さんが警察を連れて、私を見つけてくれたのだ。
私は大人しくベンチに座り、警察が実家に電話をかけてくれるのを待った。
馬場さんは傍らでため息をつきながらぼやいた。
「なんて親だ!自分の子供が一晩中行方不明になってるっていうのに、ちっとも心配してないなんて!全く……」
三時間近く経ってから、ようやく父と母と兄がのろのろとやって来た。
父は周囲に愛想笑いを浮かべながら、言い訳をした。
「下の子が髪を結んでほしいとぐずりましてね。それに学校まで送っていかなきゃならなくて、こんなに遅くなってしまったんですよ。本当にお騒がせしました」
母はまだ、スマホでさっき撮ったばかりの灯の写真を眺めていた。
兄は電話をかけ、学校の知り合いに灯を守るよう念を押していた。
誰も、私には見向きもしない。
私を保護してくれた警察官が不憫に思ったのか、飴を一つくれた。
仕事に戻る馬場さんが、去り際に注意を促した。
「この子、昨夜血を吐いてるんです。絶対に病院へ連れて行ってやってくださいよ」
またしても沈黙が流れた。
母は困ったように言った。
「でも、私はこれから灯にキャラ弁を作ってあげなきゃならないのよ。今日クラスのみんなに見せびらかすって言ってたから!」
兄はどこ吹く風といった様子だ。
「まだ子供なんだから、大した病気になんてなるわけないだろ。わざわざ病院なんか行かなくても、家で休ませておけば治るって」
突然、父のスマホが鳴った。
担任の竹内(たけうち)先生からの電話だった。電話に出た瞬間、父の顔色が一変した。
「灯が学校で転んで、膝を擦りむいたそうだ!」
母と兄は慌てて立ち上がり、車を出そうとした。
私はまるで荷物のように車に放り込まれ、ついでのように家へ送り返された。
でも、私の体にはあちこちに擦り傷がある。
すごく痛い。
私を家へ送り届けた後、兄もそのまま灯の様子を見に学校へ向かおうとした。
私は慌てて兄の服を掴み、何かを言おうとした瞬間、また一口血を吐き出した。
「お兄ちゃん、すごく痛いの……」
だが兄は、私が吐き出した血溜まりをただチラッと見ただけだった。
「痛いなら痛み止めでも飲んでおけ。ちょっと具合が悪いからって甘えるなよ。少しは我慢しろ」
第3話
灯は病院へ送られて手当てを受け、車椅子に乗せられて家に帰ってきた。
父と母と兄は交代で灯の看病をし、私の部屋に私がいるかどうかを見に来る者すらいなかった。
翌朝、私はいつも通り学校へ行かなければならなかった。
うつむき加減で教室に入ると、机の上はまたしてもめちゃくちゃに荒らされていた。
ノートは破られ、筆箱はなくなり、水筒の中にはチョークの粉が入れられていた。
私は黙って机の上を片付け、隅の席に座った。
前の席の女子数人がヒソヒソと話し合い、時折こちらを振り返っては、ニヤニヤしている。
灯の席は、真ん中の一番前だ。
今日、母が新しく買った花柄のワンピースを着ていて、机の周りにはクラスメイトがぐるりと集まっている。カップケーキの包み紙がまだ机の上に広げられており、男子数人が彼女に近づいて話しかけていた。
「昨日、お前のお兄ちゃんがタピオカミルクティーを差し入れしてくれたけど、お前んちのお菓子ってマジで美味いよな」
灯は甘えるように、可愛らしく微笑んだ。
灯は、私と血の繋がりがあることを決して認めようとしない。
兄も灯一人だけを守ると公言し、私の名前を口にすることは一度もなかった。
誰も庇ってくれる人がおらず、性格も弱気な私は、一番いじめやすい相手だと全員が思っているのだ。
チャイムが鳴ると同時に、担任の竹内先生が成績表を手に握りしめて教室に入ってきた。
「今回の定期テストの結果が出ました。クラスの一位は今回も夕凪遥さんです。満点でした」
私は立ち上がり、通路を通って教卓へ向かった。
答案を受け取る私の指先は白くなるほど強く握りしめられていた。
満点。
前回と同じ。これまでずっと同じだ。
でも、私が何度一位を取っても、家族は誰も知らない。
答案を持ち帰っても、父は「ふうん」と生返事をするだけ。母は無造作にローテーブルに置き、兄に至っては見ようとすらしない。
だから、いつしか私は答案をカバンから出すのをやめた。彼らが関心すら持たないことで、どうして何度も惨めな思いをしなければならないのだろうか。
それなのに、灯が学年最下位を取ったとき、母は彼女を抱きしめて「灯はまだ小さいんだから、次頑張ればいいのよ」と慰めるのだ。
兄は彼女におもちゃを買ってあげるし、父はアイスクリームを食べに連れて行く。
竹内先生が声をかけた。
「遥さん、どうしたの?顔色が良くないわよ」
口を開きかけた瞬間、胸の奥から生臭い血の味が込み上げ、堪えきれずに俯いて、また大量の血を吐き出した。
今回は違った。血がどす黒いのだ。
教室が、一瞬にして静まり返った。
竹内先生はパニックになり、小走りで近づいて私の肩を支えた。
「動かないで!今すぐお家の人に電話するから!」
彼女はスマホを取り出して電話をかけ、焦った声で言った。
「遥さんの保護者の方でしょうか?お子さんが学校で血を吐きまして、しかもどす黒い血で、かなり酷い状態です!すぐに……」
電話の向こうで何と言われたのか、竹内先生は眉をひそめた。
「顔色もすごく悪いですし、一度学校に来ていただいた方が……本当にいいんですか?分かりました、じゃあ一人で帰宅させます」
電話を切ると、彼女は私をちらりと見て、言いにくそうに口籠もり、最後にはこう告げた。
「ご両親が、自分で歩いて家に帰って休むようにって……」
私は頷き、答案を折りたたんでポケットにしまい、カバンを整理し始めた。
前の席の女子たちは再び集まってヒソヒソ話を始め、灯は俯いて机の引き出しからお菓子を探している。
カバンを背負って出口へ向かい、教室のドアを開けた瞬間、廊下の向こうから歩いてくる三人組が見えた。
母は灯の小さなリュックを持ち、父はカメラを首から下げ、兄はお菓子の袋を提げている。
彼らは私を見ると、ほんの一秒だけ足を止めた。
母は私に向かって微笑みかけた。
「遥、あなたは先に家に帰りなさい。私たちは灯を遊園地へ連れて行くから。今日はこの子の誕生日のお祝いを前倒しでやるのよ」
そう言い残して私の肩をかすめて、教室に入ると、満面の笑みで呼びかけた。
「灯!パパとママから、サプライズよ!」
第4話
クラス中から羨望のざわめきが起こった。
私も羨ましく思いながら、母の胸に飛び込む灯を見つめていた。
校舎を出たところで、私は母の袖をそっと引っ張った。
「お母さん、私も遊園地に行きたいな……」
私はもうすぐ死ぬのに、生まれてから一度も遊園地で遊んだことがなかった。
母は眉をひそめた。
「遥、そんな体調で遊園地に行きたいの?風に当たってひどくなったらどうするのよ」
「そうだよ」
兄が苛立ったように口を挟み、俯いてスマホを操作しながら言った。
「灯がせっかく遊びに行くのに、お前が行って遊園地で吐き散らかしたりしたら、周りがどう思う?縁起でもないだろ」
私は口を開きかけた。絶対に我慢して吐かないから、迷惑はかけないから、本当にただ一度だけ見てみたいのだと言いたかった。
だが、父はすでに私を避けて通り過ぎ、しゃがみ込んで灯の靴紐を結びながら、顔も上げずに言った。
「遥、お前は先に家に帰って休んでいなさい。薬を飲んで一眠りすればいい。数日後、灯の本当の誕生日の時にでも、代わりのプレゼントを買ってやるから」
「代わりのプレゼントなんていらない……」
「はいはい」
母はもう灯を外へ急かしており、振り返って私に向かって手を振った。
「言うことを聞いて、早く帰りなさい。ぐずぐずしないで」
母はそう言うと、父の腕を組んで歩き出した。
兄の背中におぶられた灯は、振り返ってキラキラとした目を向け、私に向かってあっかんべーをした。
彼らの車が校門を出て行くのを見届けてから、私は外へ向かって歩き出した。
胸の奥の鈍い痛みが何度も押し寄せ、一歩踏み出すごとに骨が軋むような気がした。
学校から家までは歩いて二十分かかるが、私は十分歩いただけで耐えきれなくなり、道端の木によりかかって、荒い息をついた。目の前が何度も真っ暗になった。
結局、通りがかった清掃員の女性に気づかれ、救急車を呼んでもらった。
目を覚ますと、病院だった。
白い天井、消毒液の匂い、傍らでは心電図モニターが「ピッ、ピッ」と音を立てていた。
看護師の藤田(ふじた)さんが点滴の管を調整してくれていて、私が目を開けたのを見ると、ほっと息をついた。
「目が覚めた?あなた、道端で倒れていたのよ。内臓が出血していて、かなり危険な状態だから、すぐに手術しなきゃいけないの。
ご家族と連絡が取れないのよ。あなたのスマホに入っていたお父さんとお母さん、お兄さんの番号に、私たちが交代で何度も電話をかけたんだけど、誰も出なくて」
私は手を伸ばし、枕元のスマホを取った。
画面のロックを解除した瞬間、タイムラインに新しい投稿が表示された。
母のインスタグラムだった。
九枚の写真が並んでいる。メリーゴーラウンドで笑う灯、彼女にわたあめを持たせてあげる兄、カメラの前でしゃがみ込んで変顔をしている父。
添えられた文章には『うちのお誕生日の主役、前倒しでお祝い〜!楽しいのが一番!』と書かれていた。
「いいね」は二十以上ついており、すべて親戚や母の友人たちからだった。
私はその投稿を長い間見つめていた。
藤田さんが顔を近づけてそれをちらりと見ると、一瞬ハッとして、慌てて私からスマホを取り上げて、笑顔を作って言った。
「お父さんとお母さん、きっと忙しくて電話の音に気づかなかったのよ。焦らなくて大丈夫、もう一度かけてみるから。今度はきっと繋がるわ」
私は笑って頷いた。
「うん、きっと忙しいんだね」
藤田さんは振り返って私を見た。その瞳に何かが光ったような気がした。彼女は、お湯を汲んでくると言って、足早に病室を出て行った。
私は枕に寄りかかり、天井の明かりを見つめた。
温かみのある黄色い光が、病室全体を柔らかく照らしている。
私は突然ひどく疲れを感じ、まぶたが重くなった。
手元のスマホが再び光った。兄のインスタだった。
父の肩車に乗った灯が、手にアイスクリームを掲げている。
添えられた文章は『うちのワガママ姫が二個目を食べたいって騒ぐから、甘やかすしかないだろ』。
私はふっと小さく笑い、スマホを裏返して枕元に置いた。
窓の外から風が吹き込み、カーテンがわずかに膨らんだ。まるで、見えない手が私に別れを告げているかのようだ。
昨日、白峰霊園で横たわっていた時も、こんな風が吹いていたなと思い出す。
藤田さんはまだ戻ってこない。
お湯を汲むのには、きっと時間がかかるのだろう。
でも、構わない。
私はゆっくりと目を閉じた。口元にはまだ、あの微かな笑みが浮かんでいた。
もう、痛くない。
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翌日の早朝、藤田さんはようやく私の家族に電話を繋げることができた。
迎えに来た時も、母はまだ文句を言っていた。
「もう、遥ったら。朝っぱらから病院なんかに来て、何をしてるのよ」
兄は俯いてスマホを操作しながら、藤田さんに軽く尋ねた。
「あいつ、何の病気ですか?入院するほどなんですか」
藤田さんは何も言わず、背を向けて三人を廊下の奥へと案内した。
霊安室のドアを押し開けると、冷気がドッと顔に吹き付けた。
母の声がピタリと止んだ。
父はその場に呆然と立ち尽くした。
兄は白い布の下の小さな輪郭を見つめ、唇を微かに震わせた。
藤田さんが静かに口を開いた。
「この子は息を引き取る前、私の手を握って言いました。お参りの手間をかけさせたくないから、少し遠い場所に埋葬してほしい、と。
お墓には、お花を一輪置いてくれるだけで十分だ、と」