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あなたとの結婚、やめました
婚約者の長塚昌也(ながつか まさや)と専属秘書の寺田友加里(てらだ ゆかり)が、深夜を過ぎても「おやすみ」とメッセージを送り合っているのを初めて見つけたとき、私たちはそれまでで一番激しい喧嘩をした。 それ以来、彼女と距離を置いてほしいと頼むたびに、彼はわざと友加里との距離を縮めるようになった。そうすれば、私の神経質な性格を直せるとでも思っていたのだろう。 二人で暮らすはずの新居の家具選びには友加里を連れていき、車の助手席にも彼女を座らせた。 私が熱を出して寝込んでいたときさえ、一人きりで置き去りにして、友加里を連れて別邸へ出かけた。 傷ついたと伝えるたびに、昌也はさらに私の気持ちを踏みにじった。 やがて私は、何も求めなくなった。 昌也は、自分がついに勝ったと思ったらしい。 都心の高級マンションの最上階に構えた新居で、引っ越し祝いのパーティーが開かれた日のこと。私は玄関のスマートロックに指を当てた。 ――未登録の指紋です。 彼の友人たちが笑った。 「もう諦めなよ、珠理(しゅり)。友加里の指紋なら、とっくに登録されてるぞ」 すると、そのうちの一人がにやりと笑って続けた。 「昌也は、君がキレないほうに賭けたんだ。これくらい受け入れられたら、ようやく長塚家の嫁になる覚悟ができたってことだってさ」 誰もが、私が怒りを爆発させるのを待っていた。 私は赤く光るランプを見つめながら、昌也の望みは、確かにかなったのだと悟った。 もう、どうでもよかった。 「登録しなくていいわ」 私はエレベーターへと向きを変えた。 「結婚式も中止にして」 どのみち、彼のもとを去るつもりだった。もう結婚式を挙げる意味なんてなかった。
Chapters (1)
第1章
婚約者の長塚昌也(ながつか まさや)と専属秘書の寺田友加里(てらだ ゆかり)が、深夜を過ぎても「おやすみ」とメッセージを送り合っているのを初めて見つけたとき、私たちはそれまでで一番激しい喧嘩をした。
それ以来、彼女と距離を置いてほしいと頼むたびに、彼はわざと友加里との距離を縮めるようになった。そうすれば、私の神経質な性格を直せるとでも思っていたのだろう。
二人で暮らすはずの新居の家具選びには友加里を連れていき、車の助手席にも彼女を座らせた。
私が熱を出して寝込んでいたときさえ、一人きりで置き去りにして、友加里を連れて別邸へ出かけた。
傷ついたと伝えるたびに、昌也はさらに私の気持ちを踏みにじった。
やがて私は、何も求めなくなった。
昌也は、自分がついに勝ったと思ったらしい。
都心の高級マンションの最上階に構えた新居で、引っ越し祝いのパーティーが開かれた日のこと。私は玄関のスマートロックに指を当てた。
――未登録の指紋です。
彼の友人たちが笑った。
「もう諦めなよ、珠理(しゅり)。友加里の指紋なら、とっくに登録されてるぞ」
すると、そのうちの一人がにやりと笑って続けた。
「昌也は、君がキレないほうに賭けたんだ。これくらい受け入れられたら、ようやく長塚家の嫁になる覚悟ができたってことだってさ」
誰もが、私が怒りを爆発させるのを待っていた。
私は赤く光るランプを見つめながら、昌也の望みは、確かにかなったのだと悟った。
もう、どうでもよかった。
「登録しなくていいわ」
私はエレベーターへと向きを変えた。
「結婚式も中止にして」
どのみち、彼のもとを去るつもりだった。もう結婚式を挙げる意味なんてなかった。
第1話
「未登録の指紋です」
赤いランプがまた点滅した。
もう一度、親指をセンサーに当ててみたけれど、結果は変わらなかった。
昌也が都心の高級マンションの最上階を買ったのは、1か月前のことだった。結婚後は、ここが私たちの家になるはずだった。翌日の引っ越し祝いのパーティーに備えて、彼の友人たちが何人か、準備の手伝いに来ていた。
それなのに、私は玄関の鍵すら開けられない。
隣にいた流佳(るか)が笑った。
「もう諦めなよ、珠理。友加里の指紋なら、とっくに登録されてるぞ」
廊下には、グラスを手にした昌也の昔なじみの友人たちが立っていた。全員が私を見ている。
「昌也と賭けをしたんだ」と流佳が言った。
「このことを知ったら、君がキレるかってさ」
別の誰かが口を挟んだ。
「そういえば最近、珠理がようやく物分りが良くなったって、昌也は言ってたっけ。今夜、騒がなければ明日には珠理の指紋も登録するし、結婚式も予定どおりだって」
私は開いたドアの向こうに目をやった。
昌也はウイスキーのグラスを片手に、バーカウンターにもたれていた。ここで交わされている会話は、一言残らず聞こえているはずだ。それでも、友人たちを止めようとはしなかった。
その近くには、新居のクローゼットにあったシャツを着た友加里が立っていた。
私の視線に気づくと、彼女はにこりと笑った。
「準備をしているときに、ブラウスにワインをこぼしてしまったんです。長塚さんが、クローゼットにあるものに着替えていいって言ってくれたので......」
3日前の私なら、とっくに彼に詰め寄っていただろう。
けれど今は、ただセンサーから手を離した。
「そう。もういいわ」
ようやく、昌也がこちらへ歩いてきた。
「何がだ」
「私の指紋を登録することよ」
バッグを肩にかける。
「もう勝手にして」
流佳がにやにやしながら言った。
「帰るのか?騒がずに帰ったら、昌也の勝ちだぞ」
私は足を止めた。
「何を賭けたの?」
「友加里が君より先に出入りできるようになったと知ったら、君がキレるって俺は言ったんだ。で、昌也はもう騒がないって。君はもうわかったはずだって」
だから、みんな私を見ていたのか。
私がどう反応するかを待っていたのだ。
昌也を見ると、彼は至って平然としていた。私たちの関係を友人たちの面白半分の話題にすることに、何の問題も感じていないようだった。
「それなら、おめでとう」
私はエレベーターへ向かった。
昌也が追いつき、私の手首をつかむ。
「どこへ行く」
「帰るの」
「指紋は明日、登録すると言っただろ」
彼は声を低くした。
「気を引きたいからって、わざと追わせるような真似をするな」
私は彼の手を振りほどいた。
「追いかけなくて結構よ」
彼の表情が険しくなる。
「また結婚式を持ち出して俺を脅すなよ」
私の弱いところを、彼はよく知っていた。
「お前、ずっと俺と結婚したかったんだろ」
以前なら、その一言で私は折れていた。
5年前、昌也がまだ長塚財閥の社長になる前、私たちは狭いアパートで一緒に暮らしていた。冬のある夜、海辺の遊園地で、彼は2000円を使って安物の茶色いクマのぬいぐるみを取ってくれた。
そして、かじかんだ私の両手を自分のコートの中に包み込み、いつか誰にも追い出されない家をあげると約束してくれた。
私は、その言葉を信じた。
その家は今、私の背後にある。私より先に、友加里が自由に出入りできるようになった家が。
私は昌也の目をまっすぐに見た。
「わかった」
彼が眉をひそめる。
「何が?」
「結婚はやめましょう」
エレベーターのドアが閉まり始めた。
流佳が一歩、前に出る。
「昌也、追いかけたほうが――」
「放っておけ」
昌也は冷ややかに笑った。
「あいつに行く当てなんかない。今日中には電話してくるさ」
ドアが閉まった。
私は振り返らなかった。
5年間、二人で暮らしたマンションに戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
黒いごみ袋を取り出し、部屋の中を片づけ始めた。おそろいのマグカップ、写真立てに飾った写真、旅先で買った思い出の品。一つずつ、袋の中へ放り込んでいく。
スマホの画面が光った。
【もういい加減にしろ】
続けて、もう一通届く。
【明日登録してやるって言っただろ】
私は二通とも読んで、返信せずに彼の連絡先を削除した。
この数か月、昌也は私に思い知らせてきた。彼を愛するということは、どれほど傷ついても飲み込み、自分の感覚を疑い、彼が一線を越えても黙っていることなのだと。
ようやくわかった。彼がどれほど私を愛していようと、私の幸せよりも、私が従うことのほうが大切なのだ。
だから私は、自分のすべてを失い、彼の望みどおりに振る舞うだけの女になる前に、彼のもとを去ることを選んだ。
彼に何も言わなくなったのは、もう変わってくれるのを期待していなかったからだ。
第2話
寝室を片づけていると、ベッド脇のサイドテーブルの裏から、古い充電ケーブルが出てきた。
半年前、昌也のスマホは、まさにその場所で充電されていた。
友加里のことで初めて本気でぶつかったのは、あの夜だった。
午前1時を過ぎた頃、昌也がシャワーを浴びに行くと、スマホの画面が光った。
友加里からだった。
【おやすみなさい、長塚さん。少しは休んでくださいね】
数分後、浴室から出てきた彼はメッセージに目をやり、何もおかしくないと言わんばかりに、ごく自然に返信した。
【おやすみ、友加里。君もな】
私は彼を見た。
「いつも夜中にこんなやり取りを?午前1時に、おやすみって送り合う?」
昌也が顔を上げた。
「友加里は俺の秘書だ。今夜は遅くまで仕事をしてたんだよ」
「こんなことまで言う必要があった?」
彼の表情から、余裕が消えた。
「珠理、たかが一通のメッセージだろ」
「男の人が午前1時に私へ同じようなメッセージを送ってきても、昌也は平気なの?」
その夜、私たちは初めて友加里のことで激しく言い争った。
私は、彼女とは仕事上の一線を守ってほしいと頼んだ。
けれど昌也の答えは、たった一言だった。
「おやすみって一言で、そこまで怒る必要があるのか?」
――
翌日の午後、彼は友加里を予約制の家具ショールームへ連れていった。
二人で選んだのは、結婚後に私たちが暮らすはずの新居に置くソファとダイニングテーブルだった。
帰宅した彼に、なぜ友加里を連れていったのかと尋ねると、昌也はコートを脱ぎながら答えた。
「新居の準備を手伝ってもらってるんだ」
「二人の距離が近すぎて嫌だって、昨日言ったばかりでしょう」
「お前が嫌だと言ったら、俺は何でも言うとおりにしなきゃいけないのか?」
また喧嘩になった。
それからは、同じようなことの繰り返しだった。
ある日、昌也の車の助手席に友加里が座っているのを見つけた。
私は車のそばに立ち、なぜ彼女がそこにいるのかと尋ねた。
昌也は数秒、私を見つめると、車の反対側へ回り、友加里のために助手席のドアを開けた。
「乗ってろ」
友加里はためらった。
「長塚さん、私は後ろでも......」
「いや」
彼は身をかがめ、自分の手で彼女のシートベルトを締めた。そして、開いたドア越しに私を見た。
まるで、私がどう出るかを待っているようだった。
その日、私は怒りを抑えられなかった。
それでも昌也は、少しも取り乱さなかった。
「誰が隣に座るなんて、どうでもいいことだろ」
「私が気にするって、わかってるでしょう」
「なら、気にしないようになれよ」
その後、私は高熱を出した。
昌也は、その夜は家にいてくれると約束していた。けれど、いつの間にかまた友加里のことで言い争いになった。
結局、彼は私の目の前で彼女に電話をかけた。
「支度しておけ。開沢へ行くぞ」
開沢(かいざわ)には、長塚家の別邸があった。
私はベッドの上で、どうにか体を起こした。
「でも私、熱があるのよ......」
「薬は棚に入ってる」
「どうして?家にいるって約束してたのに......」
彼はもうコートを羽織っていた。
「そのつもりだったさ。また喧嘩にしたのはお前だろ」
そう言って、ドアを閉めて出ていった。
その夜、激しい雨が降っていた。
熱は上がり続け、とうとう私はタクシーを呼んで、一人で救急外来へ向かわなければならなくなった。
看護師が点滴の準備をしている間に、私はスマホを取り出し、メッセージを打った。
【つらいよ......】
送信する前に、友加里の最新の投稿が目に入った。
別邸のテラスが、暖炉の火に照らされている。テーブルには、グラスが二つ並んでいた。
【静かな夜って、やっぱりいいですね】
写真の端には、昌也の腕時計が写っていた。ひと目で彼のものだとわかる、見慣れた時計だった。
しばらく、その写真を見つめていた。
そして、打ちかけのメッセージを消した。
あの夜を境に、私は何も求めなくなった。
昌也の帰りが遅くても、どこへ行っていたのか聞かなかった。友加里が彼の車に乗っていても、言い争わなかった。直前になって二人の約束を取り消されても、返す言葉は一つだけだった。
「わかった」
夜中に友加里から電話がかかってきて、昌也が私の目の前で部屋を出て電話に応じることもあった。
私はただ寝返りを打ち、そのまま眠った。
昌也は満足していた。
一度、彼が流佳たちに話しているのを聞いたことさえある。
「最近はずいぶん落ち着いたよ。前は何でもいちいち問い詰めてきたけど、ようやく騒ぎ立てるほどのことじゃないってわかったらしい」
みんな、私が以前より付き合いやすい女になったと思っていた。
私は手の中の充電ケーブルに目を落とし、くるくると巻いて、ごみ袋へ放り込んだ。
かつての私なら、彼のスマホを見つめながら、説明してくれるのを待っていただろう。
今の私なら、目の前にロックのかかっていないスマホを置かれても、わざわざ見ようとは思わない。
これが、彼の望んだことだ。
昌也は、私が黙っているのを、ようやく彼の言うことを理解した証だと思っていた。
第3話
翌朝、玄関の鍵が回る音がした。
最後の段ボール箱に封をしたところで、昌也が入ってきた。その後ろには友加里もいた。
リビングにきちんと並べられた4つの箱を見て、二人は足を止めた。
昌也は冷ややかな顔をしていた。昨夜、私が一度も電話をしなかったせいだろう。けれど箱を目にした途端、その表情が目に見えて和らいだ。
私が、あの新居へ引っ越すのを心待ちにしていると思ったのだ。
「もういいだろ」
昌也は近づいてきて、箱を見下ろした。
「昨日のことは終わりだ。友加里のことで、いちいち突っかかるのはもうやめろ。指紋は今日、登録する。結婚式も予定どおりだ」
彼の後ろに立っていた友加里が、柔らかな声で言った。
「柏原さん、昨日のことで長塚さんを責めないでください。皆さん、冗談でおっしゃっていただけですから」
少し間を置いて、彼女は続けた。
「あそこが柏原さんのおうちなのは、わかっています。私は少し、準備をお手伝いしていただけですから」
そう話しながら、彼女の手がごく自然に昌也の腕へ添えられた。
数か月前の私なら、その手をにらみつけて、なぜ私の婚約者に触れるのかと問い詰めていただろう。
今はただ、微笑んだ。
「大丈夫よ。もう気にしてないから」
昌也は数秒、私の顔を見つめた。私の答えに満足したのが、はっきりとわかった。
彼が私の髪に触れようと手を伸ばしてきたので、私は顔をそらした。
それでも、昌也は気に留めなかった。
「それでいい」
時間を確認し、彼は言った。
「友加里と会社に戻って、資料を取ってくる。今夜は新居で引っ越し祝いだ。流佳たちも来るんだ。荷物を運び終わったら来いよ」
そして、念を押すようにつけ加えた。
「遅れるな」
「わかった」
私はすぐに答えた。
昌也の口元がわずかに上がった。
昨夜、私が結婚をやめると言ったのも、まだ機嫌が直りきらずに口走っただけだと、本気で信じているのだろう。
数分後、二人は出ていった。
ドアが閉まった瞬間、私の顔から笑みが消えた。
スマホを取り出し、あらかじめ予約しておいた引っ越し業者に電話をかけた。
「もしもし。もう上がってきていただいて大丈夫です。箱は4つで、すべて福代(ふくしろ)へお願いします」
30分後、作業員が到着した。
持っていくものは、それほど多くなかった。
ノートパソコン、外付けハードディスク、デザインのスケッチ、それから長年かけて集めた仕事の資料。
昌也にもらった服やジュエリーも、二人の思い出が詰まったものも、すべて置いていくことにした。
箱が運び出されたあと、私は机に戻った。
そこには、印刷したメールが2通、まだ置かれていた。
一通はウェディングプランナーから、もう一通は予約していた結婚式場からのものだった。
昨夜、帰宅してから、私は正式に結婚式のキャンセルを申し込んでいた。
ほどなくして、スマホに確認の通知が届いた。
【キャンセルのお手続きが完了しました】
私は数秒、その文字を見つめてから、画面を閉じた。
5年も一緒にいたのに、最後に片づけなければならなかったのは、わずかな箱と、いくつかのキャンセル手続きだけだった。
その日の午後には、部屋はがらんとしていた。
私はブレーカーを落とし、最後に一部屋ずつ確認して、黒いスーツケース一つを持って出た。
昌也は今も、私が新居へ荷物を運ぶのに忙しくしていると思っている。
今夜はあの最上階の部屋で、流佳たちと一緒に、私が来るのを待つのかもしれない。
5年間暮らした部屋の鍵をかけ、管理人に鍵を預けてから、タクシーを呼んだ。
運転手がバックミラー越しに私を見た。
「どちらまでですか?」
スマホに表示された搭乗券に目を落とした。
「空港までお願いします」
車は都心の車の流れに合流した。
背後のマンションが、少しずつ小さくなっていく。
それでも昌也は、私がようやく従順になったと信じているのだろう。
......
新居では、すでに2本目のシャンパンが開けられていた。
流佳はソファにもたれ、グラスの酒をこぼしそうなほど笑っていた。
「昌也、お前には感心するよ。半年前の珠理なら、友加里が自分より先に出入りできると知ったら、あのドアを壊す勢いで怒ってただろうな」
別の友人がグラスを持ち上げた。
「それが今夜は、騒ぎもしなかった」
「ようやくわかったかもしれないな」
もう一人も笑った。
昌也はバーカウンターのそばに立ち、グラスの中のウイスキーをゆっくり揺らしていた。表情こそ平静だったが、その奥にある満足感は隠しきれていなかった。
「前は何でも大げさに騒いでたからな」
流佳がにやりと笑う。
「つまり、指紋のおかげでおとなしくなったってことか?」
昌也は、当然の結果だと言わんばかりに、わずかに顎を上げた。
「俺の隣に立つのがどういうことか、ようやくわかってきたんだろ。長塚家の嫁にふさわしい振る舞いを身につけたなら、結婚式は予定どおり挙げるさ」
流佳は笑ってグラスを掲げた。
「そういえば、そのうち折れるって言ってたな。あの子は何年も、お前と結婚することしか頭になかったんだ。きっと本気で別れるわけないさ」
ほかの友人たちも一緒になって笑った。
友加里まで微笑んでいた。
その場にいる誰も、疑っていないようだった。
そのとき、カウンターに置かれた昌也のスマホが震えた。
流佳がまた笑う。
「噂をすれば、だな」
昌也はかすかに笑みを浮かべ、画面に目を落とした。まだ怒っているのか、何時に行けばいいのか、私からそんなメッセージが届いたと思ったのだろう。
けれど、文面を読んだ瞬間、彼の手からグラスが滑り落ち、床で砕け散った。
【昌也、私たちはもう終わりよ。
あなたが誰と一緒にいようと気にするなって、ずっと言っていたでしょう。もう気にならなくなったわ。
結婚式もキャンセルした。これからは、好きな人と一緒にいればいい】