彼にとって私は二番目

GoodNovel new Completed

友人たちとの食事会で、彼氏の高橋悠斗(たかはしゆうと)が私の大好物のローストビーフを取り分けてくれた。 私は思わず小皿を差し出した。 けれど悠斗は私の前を素通りし、親友の石川莉奈(いしかわりな)の皿に先にローストビーフをのせた。 莉奈は満足げに笑った。 「へえ、今日は気が利くじゃん」 悠斗は鼻で笑った。 「こうでもして機嫌取っとかないと、また俺たちを別れさせようとするだろ」 悠斗は二枚目のローストビーフを取ると、ようやく私の皿にのせた。 付き合い始めてからずっと、悠斗は何をするにも私より莉奈を優先してきた。 いつも後回しにされることには、もう慣れたつもりだった。 けれど今、目の前のローストビーフを見つめながら、ふと思った。 もう悠斗にとっての二番目でいるのは嫌だ。

Chapters (1)

第1章

友人たちとの食事会で、彼氏の高橋悠斗(たかはしゆうと)が私の大好物のローストビーフを取り分けてくれた。 私は思わず小皿を差し出した。 けれど悠斗は私の前を素通りし、親友の石川莉奈(いしかわりな)の皿に先にローストビーフをのせた。 莉奈は満足げに笑った。 「へえ、今日は気が利くじゃん」 悠斗は鼻で笑った。 「こうでもして機嫌取っとかないと、また俺たちを別れさせようとするだろ」 悠斗は二枚目のローストビーフを取ると、ようやく私の皿にのせた。 付き合い始めてからずっと、悠斗は何をするにも私より莉奈を優先してきた。 いつも後回しにされることには、もう慣れたつもりだった。 けれど今、目の前のローストビーフを見つめながら、ふと思った。 もう悠斗にとっての二番目でいるのは嫌だ。 第1章 私はローストビーフを悠斗の皿に戻した。 どうして食べないのか、一言くらい聞いてくれると思っていたが、悠斗が私に声をかけることはなかった。 顔を上げると、悠斗は莉奈と楽しそうに言い合いをしていた。二人は軽口を叩き合うのに夢中で、私のことなど眼中にないようだった。 食事が終わると、莉奈は「お腹いっぱい」と言って、悠斗に会計を急かした。 悠斗は呆れたようにため息をついた。 「まったく、お前にはかなわないな」 そう言いながらも、素直に伝票を手に取り、レジへ向かった。 結局、誰も私にお腹いっぱいになったか聞いてくれなかった。 レジでは、店員が期間限定の周年記念キャンペーンを案内していた。 20万円分をチャージすると、今後の食事が半額になる会員カードがもらえるという。 悠斗は迷わず20万円をチャージした。 店員に登録する電話番号を聞かれると、ためらいもなく莉奈の番号を伝えた。そして発行された会員カードを真っ先に莉奈へ渡した。 莉奈は嬉しそうにカードをバッグへしまった。 悠斗が私の分も作ろうとしたとき、店員が申し訳なさそうに声をかけた。 「申し訳ございません。キャンペーンは本日午後八時までとなっております。ただいま八時一分ですので……次回のキャンペーンまでお待ちいただければと思います」 たった一分遅れただけで、もう間に合わないこともある。 悠斗は振り返り、私の手を握った。 「大丈夫だよ。今度来るときは莉奈のカードを借りればいいだろ?」 私は何も言わず、そっと彼の手を振りほどいた。 後回しにされることには慣れている。次のキャンペーンを待つことだって、別に難しくはない。 でも付き合って二年。どうしていつも待たされるのは私なんだろう。 レストランを出て、エルメスのブティックの前を通りかかったときだった。 店内では、悠斗の母親がバッグを肩にかけ、鏡の前で品定めをしていた。 それに気づいた悠斗は、それまで隣を歩いていた私からさりげなく離れ、莉奈の隣に並んだ。 鏡越しに二人の姿を見つけた悠斗の母親は、嬉しそうに振り返った。 「あら、また二人でデート?そろそろお嫁さんができるのかしら」 悠斗は否定しなかった。莉奈も同じだった。この光景には見覚えがあった。 初めて悠斗の実家を訪れた日も、彼の母親は莉奈の手を親しげに握り、こう言ったのだ。 「あら、莉奈ちゃんだったのね!よかったわ。てっきり、どこの誰とも知れない子を連れてくるんじゃないかって心配してたのよ。二人は小さい頃からずっと一緒だものね。莉奈ちゃんがお嫁さんになってくれるなら、私は大賛成よ」 莉奈が何か言いかけたが、悠斗が目配せして黙らせた。 悠斗の実家は裕福だった。父親は名の知れた実業家で、叔父は私たちが通う大学の学部長を務めていた。 一方、私は地方の小さな町で育った、ごく普通の家庭の娘だった。 悠斗の母親が私よりも、家柄の釣り合う莉奈を気に入るのは当然なのかもしれない。 私は半月分の生活費をはたいて買った高級茶葉の箱を握りしめ、悠斗の実家の広々としたリビングに立ち尽くしていた。 三人は幼い頃の思い出話に花を咲かせ、私は会話に入ることすらできなかった。 その日、悠斗が私を紹介したときの言葉は、たった一言だった。 「俺と莉奈の友達だよ」 悠斗の母親は私からお茶を受け取ると、家政婦を呼び寄せた。 「田辺さん、これ、持って帰っていいわよ。うちに置いておいても邪魔になるだけだから」 そして莉奈が持参した最高級の新茶をいれさせた。一口飲むなり、悠斗の母親は満面の笑みを浮かべた。 「やっぱり莉奈ちゃんはセンスがいいわね。このお茶、本当に香りがいいわ」 莉奈を家まで送り届け、私たちは同棲しているマンションに帰ってきた。 玄関のドアが閉まると、悠斗は背後から私を抱きしめた。 「帰り道、ずっと黙ってたな。怒ってる?分かってるだろ?俺と莉奈は、母さんの前で恋人のふりをしてるだけだよ。そうでもしないと、また母さんにお見合いを押しつけられるからさ」 第2章 私は玄関に立ち尽くしたまま、静かに尋ねた。 「悠斗、私はいつまで待てばいいの?あなたと莉奈が結婚するまで?」 「頼むから、そんなわがまま言わないでくれよ。俺と莉奈がどういう関係か、分かってるだろ?」 悠斗は私の顔を自分のほうに向けると、涙をそっと拭いながら、優しい声で続けた。 「もう少しだけ待ってくれよ。俺が無理やりお見合いさせられてもいいのか?」 以前の私なら、それだけは嫌だと思って、何度でも待っていただろう。 でもどれだけ待っても、私は二人の輪に入れないままだった。 今年の誕生日は、珍しく悠斗が二人きりで祝うと約束してくれた。 その日、授業を終えてマンションに帰ると、悠斗はまだ帰っていなかった。 リビングに入って、私は思わず足を止めた。部屋はきれいに飾りつけられていた。 リビングいっぱいにピンクの風船が飾られ、中央には大きなピンクのバラの花束が置かれている。 ダイニングテーブルにはケーキまで用意されていた。 部屋中に広がるピンク色を眺めていると、それまで抱えていた不満が急にちっぽけなものに思えてきた。 私が望んでいたのは、決して大それたことじゃない。 心を込めて誕生日を祝ってもらうこと。たまには二人きりの時間を過ごすこと。そして、誰よりも私を大切に思ってくれること。 悠斗が私のことをちゃんと考えてくれているなら、それだけで今までの寂しさも忘れられる気がした。 悠斗は七時に帰ると言っていた。 約束の時間が近づくと、私はステーキを二人分焼き、テーブルについて彼を待った。 窓の外は少しずつ暗くなり、街には明かりがともり始めた。 スマホを見ると、もう八時だった。悠斗はまだ帰ってこない。 電話をかけてみたが、出なかった。もう一度かけても、やはり応答はない。 少しためらったあと、今度は莉奈に電話をかけたが、呼び出し音が長く続いただけで、結局つながらなかった。 テーブルのステーキがすっかり冷めた頃、ようやくスマホが鳴った。 電話の向こうから聞こえてきた悠斗の声には、疲れがにじんでいた。 「莉奈が急性虫垂炎で、今手術中なんだ。悪い、今日は帰れそうにない。紗季……」 言い終わらないうちに、向こうで看護師が悠斗を呼ぶ声がした。 悠斗は慌ただしく「先に寝ててくれ」とだけ言い、電話を切った。 私はスマホを握りしめたまま、ピンクの風船に囲まれた部屋で、しばらく動けなかった。 そして最後には、すっかり冷めきった二人分のステーキを捨てた。 悠斗が帰ってきたのは、翌朝九時だった。 私がスーツケースを引いて部屋から出てくると、悠斗は驚いたように立ち止まった。 その横を通り過ぎようとした瞬間、悠斗に手首をつかまれた。私はようやく顔を上げた。 悠斗の顔には疲労の色が濃く、顎には無精ひげが生え、目は真っ赤に充血していた。 私はこの部屋で、一晩中悠斗を待っていた。その間、悠斗は病院で莉奈に付き添い、一晩中そばにいたのだ。 どうして忘れていたんだろう。悠斗と莉奈は幼い頃から二十年も一緒に過ごしてきた幼なじみだ。 私と悠斗が付き合った二年間なんて、比べものにならない。 悠斗の心の中で、莉奈は私がどう頑張っても超えられない存在だった。 だったら、もう無理をするのはやめよう。私は悠斗の手を振りほどき、この恋に終止符を打つことにした。 「悠斗、別れよう」 悠斗は私の肩に顔を埋め、低くかすれた声で言った。 「俺、もうクタクタなんだ。頼むから、今は勘弁してくれないか?話があるなら、せめて寝て起きてからにしてくれよ。な?」 思わず笑みがこぼれた。悠斗はいつだって、私が待ってくれると信じて疑わない。 ケンカをするのも、別れ話をするのも、私に待たせようとするのだ。 「分かった。ゆっくり寝て。もう二度と困らせたりしないから」 悠斗はゆっくりと体を起こした。その目から眠気が消えていく。 「……どういう意味だ?」 私は答えなかった。すると悠斗は苛立ち始め、声を冷たくした。 「昨日のことはちゃんと説明しただろ?これ以上どうしろって言うんだ?誕生日なんて毎年来るだろ。莉奈はお前の親友でもあるんだぞ。あいつを放っておけって言うのか?」 私は悠斗を押しのけ、涙を流しながら笑った。 私の誕生日は毎年あるからどうでもいい。でも莉奈はたった一人しかいないから、何よりも大切。 悠斗には、ほかにもいくらでも方法があったはずだ。 莉奈の家族に連絡することも、ほかの友人に頼ることもできた。 それなのに悠斗は、自分が付き添わなければ気が済まなかったのだ。 第3章 莉奈に関することは、いつだって私より優先される。私のことよりずっと大切なのだ。 以前の私なら、悲しくなって、悔しくなって、悠斗に食ってかかっていたかもしれない。 でも、数え切れないほど待たされるうちに、期待する気持ちなんてとっくに消えていた。 心の中はもう空っぽで、不思議なくらい穏やかだった。 「どうもしないよ。ただ別れたいだけ」 私は大学の寮に戻った。荷物を片づけて落ち着いた頃、莉奈のお見舞いに病院へ向かった。 ところが病室に入ると、そこには悠斗もいた。悠斗は私をちらりと見ただけで、すぐに視線をそらした。 二人の間に漂う気まずい空気を察したのか、莉奈が口を開いた。 「紗季、また悠斗とケンカしたの?昨日の誕生日のこと?ごめんね。よりによって紗季の誕生日にお腹が痛くなっちゃって。私に免じて、今回だけは悠斗を許してあげてよ。ね?」 私は莉奈の掛け布団を直しながら答えた。 「ケンカじゃないよ。悠斗とはもう別れたの」 莉奈は驚いた拍子に、思わず体を動かした。そのとき、私の肘がうっかり莉奈のお腹の傷口に触れてしまった。 「痛っ……」 莉奈は小さく声を上げ、お腹を押さえた。 私が謝るより早く、悠斗が険しい顔で駆け寄ってきて、私を突き飛ばした。 「手術したばっかりなんだぞ!もっと気をつけろよ!」 私は二歩ほどよろめき、腰をテーブルの角にぶつけた。鈍い痛みが走り、思わず息をのむ。 痛みをこらえて顔を上げると、悠斗はベッドのそばに腰を下ろし、心配そうに莉奈の様子を確かめていた。私には一度も目を向けなかった。 「ごめん……わざとじゃなかったの」 ようやく絞り出した声は、ひどくかすれていた。 莉奈はお腹を押さえ、少し青ざめながらも私に笑いかけた。 「大丈夫……もう少ししたら治まるから」 そして悠斗の腕を軽く叩いた。 「そんなに怒らないでよ。紗季だってわざとじゃないんだから」 私は適当な理由をつけて、早々に病室を後にした。閉めたドアの向こうから、二人の声がかすかに聞こえてきた。 莉奈が悠斗に私を追いかけるよう促したが、悠斗はそれを突っぱねた。 「あいつが別れたいなら、別れればいい。お前が代わりに頼む必要なんてない」 一週間後、大学の掲示板に交換留学生の選考結果が発表された。 私と莉奈は、二つしかない海外交換留学の奨学金付き枠を争っていた。 掲示された合格者の名前は、佐々木颯太(ささき そうた)と石川莉奈。そこに私の名前はなかった。 私は掲示板の前に立ち、名簿を最初から最後まで三度も読み返した。 颯太が選ばれたのは納得できる。学科の成績は私より上だったからだ。 でもどうして莉奈まで選ばれているのだろう。 莉奈の総合評価は私も見たことがある。どの項目でも私のほうが上だった。彼女が選ばれるはずがない。 その名前をじっと見つめていると、隣から颯太の声がした。 「一次審査では、君が一位だったんだ」 颯太は私の隣に立ち、同じように掲示板を見ていた。颯太は私と莉奈の同級生だ。 普段から話す機会もあり、それなりに仲がよかった。 颯太の母親はこの大学の教授で、今回の選考委員にも名を連ねていた。 私は彼に顔を向けた。 「でも二次審査は無記名投票だったよね?」 颯太は少しためらったあと、声を落とした。 「二次審査のとき、学部長が莉奈を推薦するよう働きかけたんだ。それで何人かの先生が票を変えたらしい」 風が吹き抜け、背後の木々がざわざわと音を立てた。 颯太はそれ以上何も言わなかった。そのとき、ふと思い出した。 悠斗の叔父は、私たちの大学の学部長だ。 私は悠斗が授業を受けている校舎まで行き、彼が出てくるのを待った。 私の姿を見つけた悠斗は、一瞬嬉しそうに目を輝かせた。 だがその喜びが消えるよりも早く、私は交換留学の件を問い詰めた。 「莉奈が颯太と同じ大学に留学したがってるから、私の枠を譲らせたの?悠斗が裏で手を回したんでしょ?」 第4章 莉奈が颯太のことを好きなのは、誰もが知っていることだった。 悠斗は一瞬黙り込んだあと、話をそらした。 「たかが留学の枠一つだろ。今回ダメだったなら、次は別の大学に私費留学すればいい。費用は俺が出すから」 ダメなら次また試せばいいなんて、どうしてそんな簡単に言えるのだろう。 あの大学への留学を勝ち取るために、私がどれほど努力してきたか、悠斗は知っているはずなのに。 今日まで毎晩どれだけ勉強を続けてきたことか。 それなのに、悠斗が一言口を利いただけで、私の努力はすべて莉奈のものになってしまった。 そんなのあんまりだ。とうとう我慢の限界が来て、抑えていた感情が一気にあふれ出した。 「悠斗、私はローストビーフを取り分けてもらうのも、次のキャンペーンも、お母さんに気に入ってもらえる日が来るのだって待てるよ!でも、付き合って二年、どうしていつも私ばっかり待たなきゃいけないの! 私の家が裕福じゃないことくらい、知ってるでしょ!両親は私を大学に通わせるために、ずっと節約してきたんだよ!学費だって、お父さんとお母さんが毎朝早くから起きて、小さな雑貨屋で必死に働いて稼いでくれたお金なんだよ! ほかのことならいくらでも待てる。でも、私の将来まで後回しにしないでよ!悠斗にそんな権利はない!誰にもないんだから!」 私が感情を爆発させると、悠斗はあからさまに馬鹿にしたような口調で言った。 「応募したのはお前ら二人だけじゃないだろ。なんで自分が絶対に選ばれると思ってるんだよ?それとも何か?俺と付き合ってるのは、そういうコネを使いたかったからか?」 涙が次々と頬を伝った。私は悠斗に向かって怒りをぶつけた。 「私の実力が足りなかったなら納得する。でも悠斗は本当に胸を張って言えるの?叔父さんに何も頼んでないって!」 悠斗は何も答えなかった。冷たい風が、黙り込んだ私たちの間を吹き抜けていく。 目の前の悠斗を見つめながら、私はふと、この人のことを何も知らなかったのかもしれないと思った。 「悠斗は最後まで、私を一人の人間として尊重してくれなかったね」 私は涙を拭い背を向けた。もう振り返ることはなかった。 悠斗の心はいつだって莉奈のほうに傾いている。私はもう待たなくていい。 キャンパスを歩いていると、ポケットの中でスマホが鳴った。父からの電話だった。 「紗季、あの……留学の選考、どうだった?」 父は恐る恐る尋ねてきた。落ちていたら私を傷つけてしまうのではないかと、気遣っているのが伝わってきた。 大学に合格したとき、私は父にこう約束した。いつか立派になって、両親が毎朝暗いうちから起きて、店の仕入れに追われるような生活をしなくて済むようにする、と。 落ちたなんて、どうしても言えなかった。 「受かったよ。もちろん、ちゃんと受かった」 電話の向こうから、父の明るい笑い声が聞こえた。 「そうか!やっぱりうちの紗季なら大丈夫だと思ってたよ!」 私は唇を強く噛みしめ、声を殺して泣いた。 その夜、悠斗から七、八回電話がかかってきた。LINEにも十件以上のメッセージが届いた。 交換留学プログラムに含まれる別の大学へ、私費で留学させてやると、何度も繰り返していた。 私は一度も返信しなかった。ただ冷めた気持ちで、悠斗の連絡先をブロックした。