私が愛していたのは、最初からあなたじゃない

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加賀美裕司(かがみ ゆうじ)と付き合って3年。私・白石凪(しらいし なぎ)は彼の友人たちの間で、何をされても怒らない彼女として有名だった。 彼がどこで誰と会っているのか詮索したことはないし、何人もの女性と曖昧な関係を続けていようが、夜遅くまで遊び歩いていようが、文句一つ言わなかった。 裕司はそんな私を自慢に思っているらしく、友人たちにも、私がどれほど彼に惚れ込んでいるかを得意げに話していた。 ところがある日、裕司は偶然、私の初めての恋人・神崎俊平(かんざき しゅんぺい)と私が付き合っていた頃の記録を残したアカウントを見つけてしまう。 そこに映っていた私は、今とはまるで別人だった。些細なことで拗ね、すぐに嫉妬して、とても感情が安定しているとは言えない。 動画の中で、俊平が困ったように笑いながら尋ねていた。 「なんでそんなにすぐ怒るんだよ」 すると私は、悪びれもせずに答えた。「好きだから怒るに決まってるじゃん。好きじゃなかったら、何されたって気にしないもん」 それを聞いた裕司は、呆然とした。

Chapters (1)

第1章

加賀美裕司(かがみ ゆうじ)と付き合って3年。私・白石凪(しらいし なぎ)は彼の友人たちの間で、何をされても怒らない彼女として有名だった。 彼がどこで誰と会っているのか詮索したことはないし、何人もの女性と曖昧な関係を続けていようが、夜遅くまで遊び歩いていようが、文句一つ言わなかった。 裕司はそんな私を自慢に思っているらしく、友人たちにも、私がどれほど彼に惚れ込んでいるかを得意げに話していた。 ところがある日、裕司は偶然、私の初めての恋人・神崎俊平(かんざき しゅんぺい)と私が付き合っていた頃の記録を残したアカウントを見つけてしまう。 そこに映っていた私は、今とはまるで別人だった。些細なことで拗ね、すぐに嫉妬して、とても感情が安定しているとは言えない。 動画の中で、俊平が困ったように笑いながら尋ねていた。 「なんでそんなにすぐ怒るんだよ」 すると私は、悪びれもせずに答えた。「好きだから怒るに決まってるじゃん。好きじゃなかったら、何されたって気にしないもん」 それを聞いた裕司は、呆然とした。 第1話 バーで裕司と鉢合わせたとき、彼の膝には、キャミソールにショートパンツ姿の若い女性が座っていた。細く白い腕を裕司の首に回し、身を寄せて笑う唇には、きらきらしたグロスが塗られている。 ボックス席では、既婚者の友人たちが帰り支度を始めていた。裕司に申し訳なさそうな笑顔を向けながら、口々に言い訳をしている。 「悪いな、裕司。うちの嫁、こういうのにうるさくてさ。さっきから何回も帰れって電話が来てるんだよ。これ以上遅くなったら、今夜はソファで寝る羽目になる」 裕司は、膝の上の女が自分のくわえていたタバコを抜き取り、そのまま口に運ぶのを止めようともせず、鼻で笑った。 「どいつもこいつも情けないな。女なんかに尻に敷かれやがって」 すると、独身の友人たちが一斉にはやし立てた。「やっぱ裕司は違うな!何時に帰ろうが、白石さんは一度も居場所を聞いてこないんだろ?どうやってそこまで言うこと聞かせたんだよ。俺たちにも教えてくれって!」 膝に座っていた女も声を立てて笑い、裕司の胸にしなだれかかった。 「ほんとですよ。私とこんなことしてるところ、彼女に見られたらまずいんじゃないんですか?」 「あいつは俺にベタ惚れだからな。俺が言えば何でもするし、付き合って3年、一度だって喧嘩になったことがない」 「すげえ!さすが裕司だな!」羨ましそうに笑う周りの男たち。「これだけ外で遊び回ってても、彼女は何も言えないんだろ?やっぱ男はそうじゃなくちゃ――」 そこまで言いかけた男が、突然口をつぐんだ。少し離れたところに、無表情で立っている私を見つけたらしい。 裕司も私に気づいた。しかし、その顔には少しの動揺もなく、ただ膝の上の女を押しのけ、片眉を上げて私を手招きした。 「どうしてここにいるんだ?」 私は一瞬足を止めたものの、そのまま近づいて落ち着いて答えた。 「友達と来たの」 押しのけられた女の子は不機嫌そうな顔になり、私を上から下までジロジロと見てから、引きつった笑みを浮かべた。 「白石さん」 近くで見て、ようやく誰なのかわかった。 裕司の会社に最近入ったばかりの秘書で、確か、水野莉奈(みずの りな)という名前だったと思う。学歴はごく普通の私立大学卒だったが、裕司が履歴書の写真を見て気に入り、自ら採用を決めたと聞いていた。 まさかこんなに早く手を出していたなんて。 私は彼女を無視した。 裕司はかなり飲んでいるらしく、切れ長の甘い目元が酒で潤んでいた。薄暗い照明の下では、腹が立つほど整った顔立ちがいっそう際立っている。その裕司が私の手首をつかみ、強引に引き寄せた。 「遊びに来るなら俺にも一言言えよな。ほら、キスしろ」そう言って、私の口元に顔を近づけてくる。 私は反射的に顔を背けた。 さっきまで莉奈とキスしていたかもしれないと思うと、気持ちが悪かったのだ。 裕司の表情が変わり、口元の笑みがすっと消える。 座っているのは彼の方なのに、私を見るその目は、まるで上から見下ろしているかのようだった。 「凪、どういうつもりだ?」 私は顔を背けたまま、静かに言った。 「飲みすぎ」 「俺が嫌だってのか?」友人たちの前で恥をかかされたと思ったのだろう。裕司の目がすっと冷たくなったかと思うと、突然、隣にいた莉奈を引き寄せて膝に座らせ、その後頭部をつかんだ。 莉奈は嬉しそうに顔を輝かせ、素直に裕司のキスを受け入れる。 二人は私の目の前で、舌を絡めるような濃厚なキスを交わした。十数秒後、莉奈が息を切らしながら顔を離すと、その唇の端には唾液が細く糸を引いていた。 莉奈は私をちらりと見て、勝ち誇ったように笑った。 裕司も挑発するように私を見つめている。 周りの友人たちは一斉に黙り込み、誰もが私の反応をうかがっていた。 第2話 自分の目の前で彼氏がほかの女とキスをして、平気でいられる女なんていない。周りの男たちも、さすがの私も今度こそ怒り出すと思っていたのだろう。 しかし、私はただ裕司と目を合わせ、淡々と言った。「酔ってるみたいだから、私は先に帰るね」 部屋を出る時、裕司の友達の感嘆する声が聞こえた。 「マジかよ。彼女さん、どんだけ寛大なんだ?あれを見ても怒らないなんてさ!」 「さすが裕司だな。彼女、別れを切り出されるのが怖くて、文句も言えないんだろ」 「相当惚れ込んでるらしいぞ。昔、裕司を丸1年も追いかけてたって話だし。何でも言うこと聞いて、裕司の言いなりだったんだろ?そこまで好きなら、そりゃ怒れないよな」 裕司は、見下すように鼻で笑った。 「あいつは俺から離れられないからな。怒る度胸なんてないんだよ」 真冬の冷気は、肌を切りつけるように冷たかった。いつの間にか雪が降り始めていて、舞い落ちる雪は車のライトに照らされるたび赤く染まり、街灯の下ではぼんやりと黄色く浮かび上がっていた。 私はマフラーをきつく巻き直し、壁にもたれかかってタバコに火をつけた。 メンソールの煙が冷たい空気と一緒に肺へ入り、ちくりとした痛みが走る。 これは、俊平が一番好きだった銘柄だ。付き合っていた頃、私も吸ってみたいと何度もせがんでは、そのたびに叱られていた。 「凪、何言ってんだよ?タバコなんか吸ってるの見つけたら、ただじゃおかないからな!」 彼と別れたあの日、私は自分でタバコを1箱買い、むせながら吸った。 それからは誰も私を叱ってくれなくなり、私はタバコを覚えた。 ここ数年で吸う本数はかなり減ったけれど、それでも、感情が抑えられなくなると、今でもつい手が伸びてしまう。 裕司がほかの女とキスをしているのを見ても、確かに腹は立たなかった。 だって、私は裕司のことなんて、最初から愛していないのだから。 裕司と付き合うことになったのは、私のほうから彼に言い寄ったからだった。 初めて会ったのは、新しくオープンしたバーだ。裕司は出資者として店に来ていて、目の前のテーブルには酒がずらりと並び、隣に座る美女たちは彼の冗談に声を上げて笑っていた。 あの整った顔立ちは、その場にいた女性たちの視線を独り占めにしていた。 何人もの女性が裕司に連絡先を聞きに行っていたのを覚えている。 そして、私もその一人。 裕司に好意を寄せる女は大勢いたが、一番しつこく追いかけ続けたのは私だった。 1年の間、私は都合よく呼ばれては追い返された。それでも彼の一言があれば、どんなに遠くてもすぐに駆けつけた。 裕司の遊び人ぶりは周りでも有名で、女の影が途切れたこともない。 たとえ彼が他の女と遊び終わったばかりでも、電話1本で私は迎えに行った。何も聞かず、何も言わず、ただ彼のために酔い覚めの薬を用意する。 誰もが、私が裕司に夢中なのだと思っていたから、白石家も落ちぶれたものだと、陰で笑われていたらしい。会社が倒産しただけでも惨めなのに、一人娘まで加賀美家の御曹司に骨抜きにされ、男の言いなりになっている、と。 私たちが付き合い始めたきっかけは、ある夜、二人とも酔っ払い、成り行きで一夜を共にしたことだった。 あの日の裕司はひどく乱暴で、私は何度も涙を流し、彼にしがみついて泣き続けていたことだけしか覚えていない。 翌朝、裕司は私の体に残った痕や泣き腫らした目を見て、珍しくかわいそうに思ったのかもしれない。タバコに火をつけると、何でもないことのように尋ねてきた。 「俺と付き合うか?」 そして、彼はタバコをくわえたまま付け加える。「ただし、先に言っとくぞ。付き合っても俺のことにあれこれ口出しするなよ。俺は、女に束縛されるのが一番嫌いなんだ」 私は胸元の布団をぼんやり見つめ、しばらくしてから答えた。 「うん」 裕司はずっと、あの日の私が嬉しさのあまり泣いていたと思っている。 けれど、彼は知らないのだ。あの日が、俊平の誕生日だったことを…… 彼の横顔は、俊平にそっくりだった。前にパーティーで、人混みの中にいた彼を一目で見つけられたのもそのせい。 あの夜も、薄暗い部屋の中で、ほんの一瞬だけ、俊平が私のもとへ帰ってきたような気がしていた。 第3話 私が俊平と付き合い始めたのは17歳のときで、別れたのは25歳。10年には1年足りなかったけれど、それでも9年間、私たちは一緒にいた。 俊平は、私たちが通っていた私立高校で唯一、奨学金を受けている生徒だった。成績がずば抜けて優秀だったため、特待生として入学を認められたのだ。 もともとは裕福な家庭で育ったらしい俊平。けれど、父親が共同経営者に裏切られて会社が倒産し、そのショックに耐えきれず自ら命を絶った。 もともと病弱だった母親も、その後を追うように亡くなってしまったという。 何不自由なく育った御曹司が、一夜にしてすべてを失い、天涯孤独の身になったのだ。 それでも、俊平はすぐに立ち直った。裕福な家の子どもばかりが集まる私立高校でも、卑屈になることも偉ぶることもなく、常に学年トップの成績を維持し、生徒たちの投票で生徒会長にも選ばれた。 そんな彼を好きにならない人なんていない。 私は何度も彼に告白して、そのたびに振られた。でも絶対に諦めず、ずっと彼を好きでい続けた。 ほかにも俊平を好きな女の子は大勢いたけれど、何度も断られるうちに一人、また一人と諦めていった。最後までしつこく追いかけていたのは私だけだった。 そして卒業を間近に控えたある日、6回目の告白をした私に、俊平はとうとう困り果てたように尋ねた。 「凪は、俺のどこがそんなに好きなんだ?」 私は頬を赤くし、涙を浮かべながらも、意地になって俊平を見つめた。腹が立っていたのか、悲しかったのか、自分でもよくわからない。 ただ、俊平が好きだった。 理由なんてない。人を好きになるのに、理由なんていらない時もある。 「好きなものは好きなの!俊平の全部が好き!」 俊平は複雑な表情を浮かべ、しばらくしてから静かに言った。 「でも俺には何もないし、お前に何もしてやれない。それでも、俺でいいのか?」 私は大きな声で答えた。 「いいに決まってるでしょ!でもね、俊平。いくら好きでも、私にだって意地はあるんだから!今回も断るなら、もう二度と告白しないからね!」 俊平は長い間、私を見つめていた。そして、諦めたような、降参したような深いため息をつくと、そっと私を抱きしめた。 「……本当に、バカだな」 私は目を見開いた。一瞬、心臓が止まったかと思うほど驚き、その直後には胸が激しく高鳴り始める。 あんなにも嬉しい気持ちになったのは、生まれて初めてだった。 幸せすぎると、胸の中で本当に花火が上がるんだと思った。 こうして、私と俊平は付き合い始めた。俊平は成績優秀だったけれど、私はそこまで勉強が得意ではなかった。 それでも俊平は私と同じ大学に進むため、大学入試でわざと配点の大きな問題を2問解かず、私と同じ大学を志望したのだ。 あとからそのことを知った私は、泣いて泣いて、涙が止まらなかった。けれど俊平は、私を抱きしめて笑うだけ。 「バカだな、何泣いてんだよ。大学なんてどこに行ったって大して変わらないだろ。心配するな。これからは俺が、凪に苦労なんかさせないから」 俊平は、口先だけで約束するような人ではなかった。大学二年の頃には友人たちと会社を立ち上げ、事業を軌道に乗せて、初めてまとまったお金を稼いだ。 卒業する頃には、私たちが暮らす街の中心部に広々としたマンションを購入し、私の好きな雰囲気に内装を整えていた。将来、二人で暮らす新居にするつもりだったのだ。 すべてが順調だった。私たちが思い描く未来には、いつもお互いがいたし、最後まで一緒にいられることを、疑ったことさえなかった。 大学を卒業し、俊平を両親に紹介するため実家へ連れていくまでは…… その日、俊平の顔を見た父の表情が一変した。 俊平もふらりと体を揺らし、みるみる顔から血の気が引いていった。 あとになって私は知ったのだが、かつて俊平の父親を裏切り、彼の家族を破滅に追い込んだ共同経営者というのは、ほかでもない私の父だった。 運命とは、なんと残酷なのだろう。 父は長年、仕事で家を空けることが多かったため、それまで俊平と顔を合わせる機会がなかった。 私たちは、そんな可能性があるなんて夢にも思っていなかった。 その日、父は私と母を部屋から出し、俊平と二人きりで話をした。 それから間もなく、俊平は何も告げずに海外へ行ってしまった。 私には一言も残さず、何も説明してくれなかった。 私が会いたいと一言言えば、どれほど遠くにいても駆けつけてくれた人。ずっと愛していると約束してくれた人。目を赤くしながら片膝をついてプロポーズし、「凪がいてくれるから、やっと俺にも家族ができた」と言ってくれた人。そんな俊平が、私を置いていなくなってしまった。 それなのに私は、彼を恨むことさえできなかった。 第4話 だって、俊平の人生をめちゃくちゃにしたのは私の父なのだ。あんなことをされて、恨まずにいられる人なんているだろうか。 私だって、同じ立場ならきっと恨んでいた。 因果応報だったのかもしれない。その後、父は投資に失敗して自ら命を絶ち、白石家も破産した。 一方、海外へ渡った俊平は目覚ましい成功を収めていた。投資家としての先見の明があり、成長産業の波に乗って、わずか数年で会社をナスダックに上場させたのだ。今では新進気鋭のIT企業家として名を知られている。 かつてとは立場がすっかり逆転し、私たちの人生が交わることはなくなった。 これから先も、二度と交わることはないだろう。 だからこそ、初めて裕司を見たとき、ずっと止まっていたはずの心が、久しぶりに動き出したような気がしたのだ。 私にとっては、誰と付き合おうが大した違いはなかった。 あれほど俊平に似た顔の人と出会えただけでも、十分すぎるほど幸運だったのだから。 その顔が見たくて、私は何年もの間、裕司の言うことを何でも聞き、呼ばれればどこへでも駆けつけた。 彼が必要とする時、私はいつもそばにいた。彼が夜遅くまで外で遊んでいても、電話1本でベッドから起き上がり、他の女のところまで迎えに行った。 裕司は私の誕生日も、二人の記念日も、まるで覚えていなかった。誕生日当日でさえ家に帰らず、知り合ったばかりの女の子と外で遊び歩いていたこともある。 もともと裕司は、遊び人として有名だった。女遊びが大好きで、付き合う相手を服でも着替えるように次々と替えているような男。 白石家が破産する前から、私もその噂は聞いていた。 私と付き合い始めてからも態度はまったく変わらず、何度か相手の女性が直接私のところへ乗り込んできたことさえある。 裕司はただ、私に嫉妬させて喧嘩を吹っかけ、それを口実に別れようとしている――私はそれをよく分かっていた。けれど、私は一度も嫉妬せず、責めることもしなかった。 そんな関係が長く続くうちに、裕司も次第に私がそばにいることに慣れていった。 裕司も友人たちも、私が彼を心の底から愛していて、嫌われたくない一心で何も言えないのだと思っていた。 でも本当は、どうでもいいのだ。 ただ、夜中にふと目が覚めた時、あの顔を見られればそれでよかった。 俊平がまだ隣にいてくれる。そう思い込めるだけで、私はどうにか毎日を生きていけた。 裕司の友達の誕生日で、いつもの仲間が集まって食事をすることになった。みんなパートナーを連れてくるので、裕司も私を連れて行った。 ただ、莉奈まで来るとは思わなかった。彼女は当然のように裕司の隣に座る。 しかも、私にこう聞いてきたのだ。 「白石さん、私がここに座っても大丈夫ですよね?」 裕司が私をちらりと見た。 私は何も言わなかった。 すると裕司の笑みが次第に消え、鼻で笑いながら莉奈の肩を抱き寄せた。 莉奈は本当に裕司のことが好きらしい。食事の間も何度となく裕司に酒を勧め、ぴったり体を寄せて何かを囁いては、彼に笑わされて楽しそうにその肩にもたれかかっていた。 それでも、私は少しも腹を立てず、隅の方で静かに食事をしていた。 それを見た裕司の友達が感心し、自分の彼女にこう言った。 「見ろよ、凪さんのあの余裕。お前なんか、ちょっとしたことですぐ嫉妬するだろ?少しは見習ってくれよ」 その彼女はかなり酔っていたらしく、馬鹿にしたように言い返した。 「はあ?好きだから気になるんでしょ。好きでもなかったら、何されたってどうでもいいわよ!」 偶然だったのだろうか。その一言で、テーブルがしんと静まり返った。 裕司にも、はっきり聞こえていたはずだ。なぜなら、彼の顔にはまだ笑みが浮かんでいたものの、グラスを握る指には力がこもり、手の甲に青筋が浮かんでいたのだから。 友人は一瞬固まったあと、慌てて愛想笑いを浮かべた。 「こいつ、酔っ払っててさ。悪いな、裕司。変な意味で言ったんじゃないんだ」 その彼女も謝り始めた。 裕司は何も言わず、ただ私に視線を向けた。 私はそっぽを向き、彼の視線から逃れる。 彼は突然、私に尋ねた。 「お前、本当に少しも腹が立たないのか?」 「何に怒るの?」私は不思議に思いながら答えた。「だって、こういう自由な付き合いがよかったんでしょ?」 私はいつでも、あの人によく似た顔を見られる。 裕司は、望んでいた自由を手に入れられる。 お互いに欲しいものが手に入るのだから、それで何の問題があるというのだろうか? 第5話 そもそも裕司は、付き合い始めるときから私に自分の生活には干渉するなと言っていた。 この3年間、外に女がいなかったことなど一度もないし、私はてっきり、そういう付き合い方が彼の望みなのだと思っていた。 ところが裕司は、なぜか不機嫌になった。見せつけるように莉奈をさらに引き寄せ、ほとんど膝の上に座らせたまま、私の目の前で濃厚なキスを交わし始める。 恋人である私など、まるで眼中にない様子だった。 周りの人たちはすっかり見慣れているらしく、特に驚きもしなかったが、何人かは同情するような目を向けてきた。 私はスマホの写真や動画を眺めながら、食事会が終わるのを待っていた。 酒が進むにつれ、莉奈もだいぶ酔いが回ってきたようだった。そろそろ私に取って代わりたいという気持ちを隠しきれなくなったのか、こちらを何度か値踏みするように眺めたあと、わざとらしく口を開く。 「今どきiPhone12なんて使ってるんですね。なんだかレトロ」 私が相手にしないでいると、莉奈はますます調子に乗った。 「iPhone12って、どんな形だったかも忘れちゃいました。もう骨董品みたいなものですよね。ちょっと気になるなあ。白石さん、見せてもらってもいいですか?」 「いやです」私はスマホを握り直した。 「社長、白石さんに見せるように言ってくださいよ。たかがスマホ一つなんですから」 私が黙っているのを見て、裕司は眉をひそめた。 「見たいって言ってるんだから、見せてやれよ」 「嫌」私はもう一度断った。 「社長」莉奈は彼の腕に抱きついて甘える。 自分の言うことを聞かない私に、裕司は面子を潰されたと感じたのだろう。表情を険しくすると、こちらへ手を差し出した。 「スマホ」 それでも、私は何も言わない。 「そんなに見せたくないなんて、何が入ってるんですか?」莉奈が火に油を注ぐ。「もしかして、人に見られたら困るものでも入ってるとか?」 裕司の目つきが一段と険しくなり、突然、私のスマホを奪おうと手を伸ばしてきた。 「何するのよ?!」驚いて抵抗した拍子に、スマホが手から滑り落ちた。私は反射的に裕司を突き飛ばし、落ちるスマホを受け止めようとした。その拍子に、裕司は腰をテーブルの角にぶつけ、苦しそうにうめいたあと、私を怒鳴りつけてきた。 「何ムキになってんだよ、凪!たかがスマホだろ?壊れたって新しいの買ってやるから――」 だが、その言葉は途中で途切れた。スマホの画面に映し出された動画を見て、裕司が口を閉ざしたのだ。 さっきまで私が見ていた動画。 それは、俊平と付き合っていた頃のものだった。 私は俊平の背中におぶさり、撮影されていることにも気づかず、頬を膨らませて文句を言っていた。 「今日、なんであの女の子とあんなに長く話してたの!?」 俊平は呆れたように答えた。「あいつは生徒会の副会長だろ。仕事の話をしてただけだって。まったく、お前は毎日よくそんなに嫉妬できるな。どんだけヤキモチ焼きなんだよ」 すると、ますます腹を立てる私。「好きだから怒るに決まってるじゃん。好きじゃなかったら、何されたって気にしないもん」 俊平は笑いながら、背中の私を少し背負い直した。 「はいはい。俺のことが好きだからってわけね。じゃあ、喜んでおけばいいのか?」 私は背中にしがみついたまま、指で俊平をつついた。 「これからはほかの女の子と話しちゃダメ!連絡先も交換しちゃダメだし、ほかの子を好きになるのも絶対ダメ!」 「わかった、全部凪の言うとおりにするよ。まったく、どこでそんなわがまま覚えたんだか……」 動画はまだ続いていたが、私はスマホを拾い上げ、再生を止めた。 裕司はさっきの姿勢のまま、身じろぎ一つせずに立っていた。 思いもよらない展開に、その場にいた全員が黙り込み、私たちに視線を注いでいる。 次の瞬間、裕司は突然私のスマホをひったくり、地面に思い切り叩きつけた。 反射的に、私は裕司の頬を平手で打っていた。そして慌ててしゃがみ込み、スマホを拾い上げる。 これは、俊平との思い出が残る最後の品。 けれど、スマホは見るも無残に壊れ、画面も完全に真っ暗になっていた。 私は壊れたスマホを握りしめ、そこでようやく我に返って裕司を振り返った。 平手打ちは、それほど強くなかったはずだ。 それなのに裕司は、頬を押さえることさえ忘れ、呆然と私を見つめていた。その表情は、何が起きたのかわからないという顔にも、まるで初めて私を見るような顔にも見えた。 周りの人たちもみんな驚愕し、誰も声を出すことができず、場は水を打ったように静まり返った。 私は少し後悔したが、同時に心の中でなぜかホッとしている自分がいた。 本当は裕司をぶつ気なんてなかったし、さっきのはただの条件反射だった。 でも、もうこうなってしまった以上、裕司との関係を続けることはできないだろう。 私は立ち上がり、バッグを手に取ってその場を去った。 店を出たところで、裕司に最後のラインを送る。 【別れよう】