山も海も越えたのに、愛は届かなかった

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連休を利用して、私・桜井美緒(さくらい みお)は遠距離恋愛中の彼氏・藤崎悠真(ふじさき ゆうま)を驚かせようと、内緒で航空券を取った。 ところが飛行機を降りた途端、到着ロビーで花束を抱えて誰かを待っていた彼を見つけた。 遠くに住む恋人がサプライズで空港まで迎えに来てくれる。そんな動画を、ネットで見たことがあった。 きっと、私たちも以心伝心なのだ。私が来ると察して、待っていてくれたに違いない。 駆け寄って抱きつこうとした、その時だった。 見知らぬ女の子が私を追い越し、彼の胸に飛び込んだ。

Chapters (1)

第1章

連休を利用して、私・桜井美緒(さくらい みお)は遠距離恋愛中の彼氏・藤崎悠真(ふじさき ゆうま)を驚かせようと、内緒で航空券を取った。 ところが飛行機を降りた途端、到着ロビーで花束を抱えて誰かを待っていた彼を見つけた。 遠くに住む恋人がサプライズで空港まで迎えに来てくれる。そんな動画を、ネットで見たことがあった。 きっと、私たちも以心伝心なのだ。私が来ると察して、待っていてくれたに違いない。 駆け寄って抱きつこうとした、その時だった。 見知らぬ女の子が私を追い越し、彼の胸に飛び込んだ。 第1話 騒がしかった空港が、急に静まり返った気がした。 緊張で、心臓が嫌な速さで脈打っていた。 スーツケースを握る指は、力を込めすぎて白くなっている。私の目は、あの女の子に釘づけだった。 どうか、人違いであって。心の中で、ただそれだけを祈った。 けれど、悠真は口元に笑みを浮かべ、両腕を広げて彼女をしっかり受け止めた。 「そんなに急ぐなよ。この前どうやって転んだか、もう忘れた?」 彼女はむっと唇を尖らせ、スーツケースを彼のほうへ押しやった。 「悠真が受け止めてくれなかったせいでしょ。おかげで半月も入院したんだから!」 先月、悠真とビデオ通話をした時、確かに背景は病室だった。 彼が病気になったのだと思い、私は気が気でなくて、すぐに航空券を取ろうとした。 「俺は平気。友達がバスケで足をひねったから、病院に連れてきただけ。 無理して時間を作って来ようとしなくていいよ。普段だって仕事で忙しいのに、これ以上疲れてほしくないんだ。 修士論文の口頭試問が終わったら、俺から会いに行くから」 そう言い終えるや否や、電話の向こうから甘えるような女の子の声がかすかに聞こえた。 私は少し眉をひそめた。 「どうして女の人の声がするの?」 彼はスマホを手に病室を出た。目元には笑みが浮かんでいた。 「隣のベッドの子が、彼氏に甘えてるんだよ」 私はつい、自分の勘ぐりすぎを笑ってしまった。 あの時、彼が病室を出たのは、静かな場所で私と話すためではなかった。 私に気づかれるのが怖かったのだ。 あんなにうれしそうに笑っていたのも、私から電話が来たからではない。 あの女の子が彼に甘えていたのだから。 鼻の奥がつんと痛み、何の前触れもなく涙が落ちた。 それでも、2人から目を離せなかった。 悠真は彼女の手を握り、自分から降参した。 「全部俺が悪かったよ。今度こそ埋め合わせするから、このあと好きなもの食べよう。何でもいいぞ」 彼女はお腹をさすった。 「でも、もうお腹すいちゃった」 悠真は懐から袋を取り出した。 「そう言うと思った。 大学の前で売ってる、お気に入りのホットサンド。卵とソーセージ入り、マスタード抜き。 ずっと懐に入れてきたから、まだ温かいよ」 彼女はうれしそうにホットサンドを抱え、大きくかじった。それからいたずらっぽく、悠真に目配せをした。 「でも、温かいミルクティーも飲みたいな。あっつあつの」 悠真は観念したようにため息をついた。 「じゃあ、ここで待ってろよ。買ってくる」 私は目を伏せ、自嘲の笑みをこぼした。 黒いダウンジャケットばかりが目立つ空港で、私はひときわ鮮やかな黄色を着ていたのに。 彼の目には、あの子しか映っていなかった。たった2メートル先にいる私に、最初から最後まで気づきもしなかった。 呆然と立ち尽くしていると、突然、誰かが私の背中を軽くたたいた。 第2話 期待に胸を躍らせ、私は振り返った。 あの女の子が笑顔で、ファンデーションのコンパクトを差し出していた。 「すみません……お化粧が崩れちゃってますよ。よかったら、これで直してください。 彼氏が買ってくれたんです。すごくいいんですよ」 3か月前、私のもとへ、悠真から大量の化粧品が送られてきた。 お世話になった指導教授に恩返しがしたいから、教授の奥さんへ何かふさわしいプレゼントを贈りたいそうだ。化粧品を考えているものの、どれを選べばいいのかわからないらしい。 電話の向こうで、彼はすがるように頼んできた。 「ねえ、お願い。ちょっと試してみてよ。 頼めるの、美緒しかいないんだ」 私は成分を調べ、自分の肌でも試した。 アレルギー反応が出て、半月も顔が腫れたことさえあった。 そうして最後に選んだのが、このファンデーションだった。 結局、他の女のためにせっせと尽くしていたわけだ。 私は自嘲気味に笑い、彼女に尋ねた。 「さっき一緒にいた人、彼氏なの?付き合ってどのくらい?」 あまりに唐突な質問だった。それでも彼女は、自分の幸せを誰かに聞いてほしかったらしい。堰を切ったように、何もかも話し始めた。 「1年です。まだそんなに長くないけど、彼、私のことなら何でもお見通しなんですよ。 この何日か、わざとそっけない返信をしてたんです。予定より早く大学に戻って、びっくりさせたくて。 そしたら、どうなったと思います? 気づかれちゃったんです。地下鉄で1時間もかけて、花束を持って先に待っててくれたんですよ」 彼女は幸せそうに笑った。 「ほんと、ばかですよね!」 少し離れたところから、悠真がミルクティーを手に戻ってくるのが見えた。 彼女は私の手にコンパクトを押し込むと、手を振った。 「もう泣かないでね。私の幸せ、半分おすそ分けします。あなたにも、あんなにすてきな彼氏ができますように」 目の奥が焼けるように熱く、胸が苦しかった。 けれど、もっと痛かったのは、悠真でいっぱいだった私の心だ。 初めて会った時、彼はまだ地方の高校3年生だった。頭がよく、成績も抜群だった。 なのに、ギャンブル狂いの父親のせいで、学校も進学も諦めざるを得なくなっていた。 不幸な境遇の人を放っておけない、そんな性分が顔を出したのだろう。 大学で勉強したいと泣きながら訴えられ、私は心を動かされた。自分だってまだ20代の若い女にすぎないことさえ、忘れていた。 私は必死になって、彼をあの地獄のような家から連れ出した。 自分のそばに引き取り、高校、そして大学へと通えるよう援助した。 最初は遠慮ばかりして顔色をうかがっていた彼も、少しずつ明るくなった。 私は、彼の弱く傷ついた姿を何もかも見てきた。そこまでの苦労を思うと、胸が痛んだ。 だから、好きだと泣きながら告げられ、離れないでほしいと懇願された時も、私はまた、ほだされてしまった。 家族や親友の反対を押し切り、彼の告白を受け入れた。 その結果が、これだった。 第3話 私は少し距離を置き、2人のあとを歩いた。 悠真の視線は、ずっと彼女を追っていた。腰をかがめ、辛抱強く彼女の話に耳を傾けている。 頭がぼんやりした。私たちが最後にあんなふうに手をつないで歩き、おしゃべりしたのはいつだっただろう。もう思い出せなかった。 いつからか、悠真から返信が来るまでの時間は長くなる一方だった。 LINEのトーク画面には、いつも私が送ったメッセージばかりが並んでいた。 2人が車に乗り込む前に、私は悠真へ電話をかけた。 長い呼び出し音の末に、ようやくつながった。 声はいつもと同じ、軽くて明るい調子だった。 「美緒、今、友達と出かけてるんだ。最近忙しいんじゃなかった?どうしたの、急に」 私は容赦なく問い詰めた。 「友達?男の人?女の人?」 悠真はためらいもせず、きっぱり答えた。 「男に決まってるだろ。俺、女っ気ないって知ってるじゃん」 私は冷ややかに笑った。 「そうなの?じゃあ、今手をつないでる子は、何のお友達なの?悠真、後ろを見て」 彼はぎこちなく振り返った。 目が合った瞬間、彼女の手を振りほどき、私に向かって駆け出した。 私はタクシーに乗り込み、バックミラーに映る、必死に追いかけてくる人影から目をそらした。 車内には何年か前に流行ったラブソングが流れていた。窓の外の景色が、次々と後ろへ飛んでいく。 忘れていた記憶が、また頭の中に押し寄せた。 18歳の時、彼は携帯の電波すら届かない山奥の村から、車の行き交う都会へやって来た。 新しい家での初めての食事。私が買ったばかりの服を着た彼は、食卓で声を詰まらせて泣いた。 「美緒さん、俺、いつか必ず恩返しするから」 彼が20歳の時、私は友人の紹介で一度だけ見合いをした。 悠真は大学の授業を抜け出して会いに来ると、見合い相手の顔が腫れ上がるほど殴った。 怒った私が家から追い出すと、彼は玄関先にひざまずき、目を真っ赤にしてすがった。 「美緒さん、追い出さないで。これからはちゃんと言うこと聞くし、二度と迷惑かけないから。お願い」 22歳の時には、卒業式で同級生や先生たちの前でプロポーズしてきた。 私がうなずくと、彼は私を抱きしめ、子供のように泣いた。 その後、彼が遠方の大学院に受かり、私たちは離れて暮らすことになった。 それでも休みができるたび、彼は列車の切符を買い、十数時間も座りっぱなしで私に会いに来た。 3年間、欠かすことはなかった。 毎年のバレンタイン。残業に追われて目が回りそうになっていると、彼はどこからともなく花束を抱えて現れた。 だから、そのうち返信がどんなに遅くなっても、会いに来る時間を作ってくれなくなっても。 私は一度も疑わなかった。 それまでに、十分すぎるほどの愛と安心をもらっていたから。 けれど、私は忘れていた。人の心なんて、一瞬で変わる。 愛を最後まで貫けるかどうかは、結局その人の誠実さにかかっているのだ。 第4話 前もって予約していたホテルの前で、タクシーを降りた。 すると、隣の写真スタジオの店先に貼られた大きなポスターに、目が吸い寄せられた。 そこに写っていたのは、悠真とあの女の子のウエディングフォトだった。 気づけば店に入っていた。ポスターを見つめる私に、店員が愛想よく声をかけた。 「この2人、お隣の大学じゃ有名なんですよ。誰もが認める、お似合いのラブラブカップルなんです。 これ、修整なしなんですよ。撮影の腕には自信がありますから」 少しでも彼の近くにいたくて、私は1か月も前に、大学から道を1本挟んだだけのこのホテルを押さえていた。 「大学中が知ってる……お似合いの2人、ね」 そうつぶやくと、店員は口元を押さえて笑った。 「去年、ウエディング衣装で記念撮影にいらしたんです。美男美女でしょう?オーナーが広告に使わせてもらおうって、写真の使用料をお支払いしたんですよ。 最初、彼のほうは乗り気じゃなかったんですけど、彼女が『みんなに私たちの結婚写真を見てほしい』って甘えたんです。 最後には彼のほうが追加料金まで払って、とにかく大きく引き伸ばして、1年間飾ってほしいっておっしゃったんです。 2人の愛にあやかったのか、あの写真を出してから、お店の売り上げまでよくなったんですよ。 同じ大学のカップルが大勢、あの2人と同じ写真を撮りたいって来てくださったおかげで、閉店寸前だったお店が、見事に持ち直したんです」 私は皮肉っぽく笑った。 「へえ、そんなにすごい写真なの?」 店員は私を、店の奥の写真が飾られた壁へ案内した。 「ええ、もう。オーナーなんて2人を福の神扱いですよ。あの2人が来たら、いつでも無料で撮ってあげてって言うんです。 ほら、もう壁1面じゃ収まらないくらい」 私は何気なく1枚を手に取った。裏には黒い油性ペンで、日付と、その日にしたことが書かれていた。 去年の初夏の連休、私は会社の出張で地方へ行った。悠真が来ても空振りにならないよう、前日に連絡しておいた。 彼は物分かりよく慰めてくれた。 「大丈夫。ちょうど研究室の留守番が必要だったんだ。今年はそっちに帰らないよ」 その同じ日、彼はこの街であの子と思いきり遊び、夕方ここに戻って、記念にこの写真を撮っていた。 去年の6月、私は足をひねって入院した。 悠真は休みを取り、半月も私の世話をしてくれた。 けれど大学に戻った翌日には、また彼女とここで写真を撮っていた。 どうしても理解できなかった。1つの心に2人を住まわせ、同じ愛を同時に2人へ注ぐなんて、どうすればできるのだろう。 私が迷っているとでも思ったのか、店員はすかさず別のアルバムを取り出した。 「今日はお1人ですか?お1人でのポートレート撮影も、すてきですよ。よかったらご覧になります?」 その時、不意に店のドアが開いた。息を切らした悠真が、入り口に立っていた。 私は彼を指さし、店員へ皮肉な笑みを向けた。 「1人だなんて言ってないわ。ほら、私の彼氏が来たから」