もう隣の席には戻らない

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遠矢真斗(とうや まさと)の机の中は、今日もまたラブレターでいっぱいだった。 彼はいつものように舌打ちしながら、私、陸原梓(くがはら あずさ)に千円札を四枚押し付け、さらに机の中から溢れんばかりの手紙の山をあごでしゃくって見せた。 「これ、処分しといてくれ」 私はただ無言で頷いた。 放課後、私は手紙の束をカバンに詰め込み、誰にも見られないよう校舎裏のゴミ集積所へと向かった。 手紙をすべて捨てようとしたとき、一番下にあった一通の封筒に目が留まる。その差出人は、真斗が密かに想いを寄せている転入生――柚木楓(ゆのき かえで)だった。

Chapters (1)

第1章

遠矢真斗(とうや まさと)の机の中は、今日もまたラブレターでいっぱいだった。 彼はいつものように舌打ちしながら、私、陸原梓(くがはら あずさ)に千円札を四枚押し付け、さらに机の中から溢れんばかりの手紙の山をあごでしゃくって見せた。 「これ、処分しといてくれ」 私はただ無言で頷いた。 放課後、私は手紙の束をカバンに詰め込み、誰にも見られないよう校舎裏のゴミ集積所へと向かった。 手紙をすべて捨てようとしたとき、一番下にあった一通の封筒に目が留まる。その差出人は、真斗が密かに想いを寄せている転入生――柚木楓(ゆのき かえで)だった。 第 1 話 夕暮れの校舎裏は、ひんやりと薄暗い。 私はその手紙を握りしめたまま、長いこと躊躇した末、結局その場に捨てることができず、再びカバンに戻して持ち帰るしかなかった。 楓がこの学校へ転入してきたのは、半月ほど前だ。 彼女は隣のクラスに編入し、転校初日に生徒間のLINEグループで写真が拡散され、あっという間に学年一の美少女の座を射止めた。 真斗のような誰もが憧れる完璧な男子でさえ、彼女の姿を目にしたときは惹かれているようだった。 「あの子、すごいな」 そう、彼がぽつりと呟いたのを、私は隣で聞いていた。 ほんの数日前も、真斗の友人が彼をからかうように尋ねるのを耳にした。 「お前ってガード固いけどさ、結局どういう子がタイプなんだよ?」 真斗は廊下の手すりに寄りかかりながら、気だるげに笑って答えていた。 「……柚木さんみたいな子じゃない?」 けれど彼はプライドが高い。いくら好意を抱いていても、自分からアプローチするような真似は絶対にしない。 それなのに今、その楓から彼宛てのラブレターが届いているのだ。 …… 翌朝、私は誰よりも早く教室に着いた。 真斗はまだ来ていない。 この2年間、私たちはいつも隣の席だった。 席替えのたびに、彼がうまく立ち回って私の隣を確保しているのだと、私は知っている。 私は大人しく、余計な口出しはしない。 それに、家庭の事情でいつもお金に困っている。 そのことに気づいてから、彼は時々ちょっとした雑用を私に頼み、それを口実に小遣いをくれるようになった。 けれど、私たちは所詮、住む世界が違うのだ。 彼は生まれながらにして光り輝き、何をやらせても軽々とこなしてしまう。 一方の私は、眩い輝きを放つ宝石のそばに置かれても、決して光ることのないただの石ころだ。 しばらくすると、真斗が登校してきた。 彼は私を一瞥すらせず、無造作に席に腰を下ろすと、面倒くさそうにスマホをいじり始めた。 私はカバンの中に手を入れたまま、頭の中で激しく葛藤した末に彼を呼んだ。 「……遠矢くん」 スマホを操作する彼の手が止まり、わずかに視線だけがこちらへ向く。 「なに?分からない問題でもあった?」 私は首を横に振る。 「ううん、そうじゃないの」 そう言って、私はあの手紙を彼に差し出した。 「昨日頼まれた手紙なんだけど、一通だけカバンの底に残ってたみたい……読んでみる?」 いつもの彼なら、絶対に首を振って「いらない」と突き返すはずだ。 しかし今回、差出人の名前を目にした瞬間、彼の眉がピクリと動いた。 そして手紙を受け取ると、その端正な顔に隠しきれない喜びの色を滲ませながら言った。 「……サンキュ」 …… それから数日もしないうちに、真斗の手首に、見慣れない青いヘアゴムがつけられている巻かれているのに気がついた。 昼休み、彼はスマホから顔を上げると、ふいに私に尋ねた。 「お前ら女子って、どんなものもらったら嬉しい?」 私は一瞬ハッとして、言葉に詰まった。 返事をする前に、クラスの男子が私たちのそばにやってきて冷やかす。 「遠矢、お前、陸原に聞いたって参考になんねーだろ。こいつ、そういうことに縁のないガリ勉じゃん」 真斗は不快そうに眉をひそめ、冷たく言い返した。 「……お前には関係ないだろ」 私は少し黙ってから、静かに問いかけた。 「……誰にプレゼントするの?」 彼は私を見て、少し間を置いてから答える。 「彼女」 その瞬間、全身からスッと力が抜けていくのを感じた。 彼と楓は、もう付き合い始めたんだ。 私はほつれかけたカーディガンの袖口に目を落とし、ぽつりと言った。 「ごめんね、私にはよく分からない」 …… その日を境に、私はなるべく自分から真斗に話しかけないようにした。 引け目を感じていて、これ以上彼と関わるのが怖かったのだ。 ある日の休み時間、私は数学のプリントの一問で手が止まっていた。 隣を見ると、真斗がペンを回す手を止め、こちらに少し身を寄せていた。私がプリントを差し出すのを待っているようだった。 この2年間、私が問題に詰まると彼が教えてくれるのが、いつの間にか当たり前になっていた。 何も言わなくても、彼は気づいてくれた。 けれど私は、いつものようにプリントを彼の方へ押しやったりはしなかった。 代わりに後ろを向き、後ろの席の女子に小さな声で尋ねた。 「ねえ、この問題、教えてくれないかな?」 視界の端で、真斗の体が微かに強張ったのが分かった。 彼は椅子を引いて立ち上がると、何も言わずに教室を出ていった。 その日の放課後、雨が降り始めた。 私が下駄箱へ向かうと、ちょうど真斗と鉢合わせた。 彼は傘を片手に持ち、しばらく私を見つめてから、口を開いた。 「……一緒に帰るか?」 以前は、相合い傘で一緒に帰ったこともあった。 しかし私は首を横に振った。 「ううん、大丈夫。教室に傘を忘れたから、取ってくる」 降りしきる雨を背景に、真斗がスッと目を細め、少し低くなった声で言う。 「……そう。今朝、傘なんか持ってなかっただろ」 私は平静を装って答えた。 「見落としたんじゃない?」 彼は傘の柄をギュッと握りしめ、短く頷いた。 「分かった。好きにしろ」 それから数日間、私と真斗は一言も口を利かなかった。 だが、そんな冷戦状態は長くは続かない。 ある日の放課後、帰りのホームルームが終わると、私は真斗を避けるように急いで帰り支度をした。 席を立ちかけたところで、彼に呼び止められた。 「ちょっと待って。話がある」 クラスメイトたちが部活へ向かったり、友達と連れ立って教室を出て行く中、私は鞄を持ったまま動きを止めていた。 やがて、教室には私たちだけが残った。 真斗は私をまっすぐに見つめ、静かに口を開いた。 「……梓」 こんな真剣な顔で、彼に下の名前を呼ばれることは滅多になかった。私は思わず息をのんだ。 「俺、何かお前を怒らせるようなことしたか?」 …… 真斗が私にひどいことをしたわけでは、もちろんない。 それどころか、彼はいつも私のことを気にかけてくれていた。 誰かが私の悪口を言うと、彼はいつも真っ先にかばってくれた。私とほかの誰かが同時に助けを求めても、彼は必ず私を優先した。 つまり、真斗にとって、クラスの誰よりも私は優先される存在だった。 あまり話したことのない女子から、こっそり聞かれたこともある。 「ねえ、遠矢くんって、なんで陸原さんにあんなに優しいの?もしかして、陸原さんのこと好きなの?」 私は考える間もなく首を横に振った。 「そんなわけないよ」 彼女はクスクスと笑った。 「陸原さんって、メガネを外したらけっこうかわいいと思うんだよね。ちょっと試してみたら? 遠矢くんみたいなハイスペック男子なんて、そうそう出会えるものじゃないよ?しかも隣の席なんだから、この特権、無駄にするのはもったいないよ」 私は黙ったまま、返事をしなかった。 そして今、真斗の問いに、私は唇をきゅっと噛みしめ、彼の視線をまっすぐに受け止めた。 「……別に、怒ってなんかいないよ。用事があるから、もう帰るね」 そう言い残し、私は振り返ることなく教室を後にした。 階段を下りている途中、提出用のプリントを机の中に置き忘れたことに気づいた。 仕方なく教室へ引き返すと、そこに楓の姿があった。 教室の後ろの扉からそっと覗くと、二人は窓際で話していた。 彼女は背が高く、ひときわ目を引く美しさだった。その手には、洗練されたデザインのギフトボックスが大事そうに抱えられていた。 ネットで見たことがあるブランドだ。安くても数十万円はするはず。 「素敵なプレゼントをありがとう。大切にするね」 楓がそう言うと、真斗は目を細めた。 「気に入ったならよかった」 楓はふふっと笑い、ふいに話を切り出した。 「お父さんに相談して、先生にも話を通してもらってるの。真斗くんと同じクラスになれないかって。席、隣にしてもらえる?」 夕陽が教室に差し込み、床に長い影を落としていた。 心臓は早鐘を打った。 しかし、真斗はすぐには頷かなかった。 彼は少し眉を寄せ、何か厄介なことを思い出したような顔で口を開いた。 「……それは、また後でな」 楓はクスッと笑った。 「もしかして、今の隣の席の子のこと、気にしてるの?あの子、かなり変わってるって聞いたけど」 私はその場に立ち尽くし、真斗の返事を聞くのが怖くなった。 慌てて踵を返し、逃げるように階段を駆け下りた。 …… それから数日後、楓は宣言通り、私たちのいるクラスに移ってきた。 担任に促され、彼女は教壇に立って黒板に名前を書き、丁寧に頭を下げた。 「隣のクラスから来ました、柚木楓です。 急なことで少し緊張していますが、早く皆さんと仲良くなれたら嬉しいです。よろしくお願いします」 ふわりと上品な笑みを浮かべて語る彼女に、クラスの男子たちは一瞬で心を奪われたようだった。 そして、教師がいるのも気にせず、教室のあちこちから真斗を冷やかす声が上がった。 「おい真斗、学年一の美少女がお前を追ってきたんだぞ!放課後、みんなでお祝いにメシ行こうぜ!」 「だな!お前ら、いつの間にそんな関係になってたんだよ!もう付き合ってんのか?」 真斗は面倒くさそうに頭を掻いた。 「お前ら、うるせえよ。柚木さんが困ってんだろ」 担任はパンパンと手を叩いて男子たちを静かにさせ、ぐるりと教室内を見渡し、楓に向かって言った。 「一番前の藤沢の隣が空いているな。そこに座ってもらっていいか?」 その名前が出た途端、教室は水を打ったように静まり返った。 藤沢和樹(ふじさわ かずき)といえば、学校中で知られた問題児だ。 勉強する気はまるでなく、授業中は寝ているか、何か騒ぎを起こしているかのどちらか。 誰も積極的に関わろうとはしないし、隣の席になりたがる人もいない。 ただ、彼は時々妙に素直なところがある。 少し前、担任に「一番前の席に移れ」と怒鳴られたときも、彼は文句ひとつ言わずに席を移った。 窓の外で風が吹き抜ける。私は隣に座る真斗をちらりと見た。 彼はふっと顔を上げ、何か言いたげな様子を見せた。 彼が口を開くより先に、私はスッと真っ直ぐに手を挙げた。 「先生、私、最近黒板の字が少し見えにくくて……私の席を柚木さんに譲って、私が前の席に移ってもいいですか?」 私は普段から大人しく、こんなふうに自分から手を挙げたのは初めてだった。 真斗の口から「楓と席を替わってくれ」と言われるくらいなら、自分から身を引き、彼の望みを叶えてあげたかったのだ。 担任は少し考えてから頷いた。 「ああ、構わないぞ」 そのときだった。 真斗の手からシャーペンが、カタンと床に落ちた。 彼はそれを拾おうともせず、ゆっくりとこちらを振り向いた。 その眼差しには、どこか皮肉めいた色が浮かんでいた。 そして、私にだけ聞こえる声で言った。 「お前が最近おかしいのは―― まさか、藤沢のせいじゃないんだろうな?」 真斗は、何事にも関心がなさそうな、冷めた性格をしている。 感情を表に出すことも、ほとんどない。 こんなに刺々しい言い方をされるのは、初めてだった。 私はしばらく黙り込んだ後、ようやく口を開いた。 「……藤沢くんは関係ないよ。 今まで、いろいろとありがとう」 それを聞いた真斗は、唇をわずかに歪めた。 そして顔を背け、それきり私の方を見ようとはしなかった。 私は荷物をまとめ、和樹の隣の席へ移った。 和樹が私を一瞥し、意外そうに眉を上げた。 「……陸原?」 私は唇を引き結んだまま、内心少し驚いた。 和樹は基本的にクラスの女子とは一切関わろうとせず、連絡先も交換しないらしい。 少し前、クラスのかわいい子が「バスケの試合、見に行ってもいい?」と声をかけたことがある。彼はしばらく沈黙した後、「わりい、お前誰だっけ?」と返した。 そんな彼が、私の名前を覚えているとは思わなかった。 私は小さく頷いた。 「……うん」 彼は視線を逸らし、それ以上何も言わなかった。 その日一日、私は後ろを振り向かないように必死だった。 けれど、二人の席はそう遠くなかった。 休み時間になると、楓の楽しそうな笑い声が、嫌でも耳に入ってくる。 真斗でさえ、普段より口数が増えているようだった。 ただ、何を話しているのかまでは、聞き取れなかった。 放課後になって、私はようやく肩の力を抜いた。 鞄を手に取り、教室を後にした。 しかし、階段を下りようとしたところで、背後から誰かにドンッと強く肩をぶつけられた。 私はバランスを崩して数段転げ落ち、踊り場の手すりの角で額をぶつけてしまった。 額を押さえてから手を離すと、手のひらに血がべっとりとついていた。 「痛っ……」 思わず声が漏れた次の瞬間、階段の上から楓の声がした。 「ちょっと、自分で勝手に転んだんでしょ。私のせいにしないでよね」 鈴を転がすような可愛らしい声。 だが、そこから紡がれる言葉は、ひどく冷たかった。 私は顔を上げ、彼女を真っ直ぐに睨みつけた。 「……そっちからぶつかってきたんでしょ」 そして彼女に手のひらを向け、はっきりと言った。 「治療費、払って」 それを聞いた楓は、一瞬きょとんとし、信じられないという顔で言った。 「ちょっと、お金に困りすぎて、頭おかしくなったんじゃないの?」 私は額を押さえながら立ち上がり、彼女を真っ直ぐに見据えて言い返そうとした。 その時、聞き覚えのある冷たい声が響いた。 「どうしたんだ?」 振り返ると、少し離れたところに真斗が立っていた。手には、購買の小さなレジ袋と、楓のものらしいブランドのサブバッグが握られている。 それを見た瞬間、私は熱いものに触れたかのように、慌てて目を逸らした。 傍らで、楓が少し拗ねたような声で真斗に言った。 「もう、真斗くんのせいだよ。購買行くの遅いから、変な言いがかりつけられちゃったじゃない」 真斗は眉をひそめた。 彼は私の額に視線を移すと、微かに瞳を揺らし、確かめようと手を伸ばして私の前髪をよけようとした。 しかし、その手は宙でピタリと止まり、そのまま下ろされた。 やがて、彼の声が聞こえた。 「……まさか、こいつはそんなことする奴じゃない」 彼は確かに私を庇ってくれた。 なのにどうしてだろう、私はただ惨めで、いたたまれない気持ちになっていた。 楓が不満そうに口を尖らせる。 「この子の肩を持つの?でも、私に治療費を要求してきたんだよ。知ってるんだからね。真斗くん、いつもこの子にこっそりお金渡してるんでしょ。 あんなにお金に困ってるんだから、ここまでしてもおかしくないんじゃない?」 それを聞いた真斗は、表情を硬くして私を見た。 私は首を横に振り、なんとか言葉を絞り出す。 「違うの、そうじゃなくて……」 しかし、彼はそれ以上聞く耳を持たなかった。 彼はわずかに顎を引き、冷ややかな視線を私に向けた。 「……みっともない」 たった一言。 それでも、彼の言いたいことは十分に伝わった。 たとえ私が本当に困っていたとしても、直接彼に頼めば、今までずっと隣の席だったよしみで、手を差し伸べてくれたかもしれない。 それなのに、こんな浅ましい真似をするなんて――そう思われているのだろう。 私は口を開きかけ、弁明しようとした。 しかし目の前では、楓が当たり前のように真斗から購買の袋を受け取り、中から限定のスイーツを取り出して一口齧っていた。 「甘くて美味しい」 彼女の弾んだ声が聞こえた。 ……そうだ、彼女はあんなにも完璧で、人生のすべてが甘い蜜に満たされている。 貧しい家庭に生まれ、真斗から何度もお金を受け取ってきた私が何を言っても、みっともない言い訳にしか聞こえないのだろう。 だから私は、何も言わなかった。 一度だけ真斗を見て、振り返らずにその場を立ち去った。 …… 私は一人で近くの外科病院へ向かった。 傷の処置を終え、家に帰った頃にはもう夜の8時を回っていた。 鞄からスマホを取り出し、電源を入れる。 すると、通知画面が目に入った。 少し前、真斗から2万円、PayPayで送られていた。 それだけでなく、二つのメッセージが届いている。 【楓はいい子だし、そんなに裏表があるわけじゃない。今日のことはこれでおしまいにしよう。もう誰にも言わないでくれ】 【隣の席じゃなくなっても、今まで通り俺の頼み事は聞いていい。報酬は払うから】 それを見て、私は感情をなくしたように画面を上にスクロールした。 正直に言って、私は彼に借りがありすぎるのだ。 彼が私に頼むのは、いつも些細な雑用ばかりだった。ラブレターの処分、ジュースの買い出し、掃除当番の代わり。 しかし、その一回の報酬は、夕食の食材を一週間近く買える額だった。 だけどもう、これ以上あんなふうに恥知らずな真似をして受け取るべきじゃない。 だから、私は長いこと考えた末に、こう返信した。 【もういいよ。彼女に誤解されるのが嫌なら、私を友だちリストから削除しても構わないから】 すぐに既読がつき、返信が来る。 【誤解って何が?】 喉の奥がギュッと詰まる。 ……そうだよね。 彼にとって、私はただのクラスメイトの一人にすぎないのだ。 私は返事を打ち込んだ。 【なんでもない。もう寝るね】 送信して、しばらく待つ。 返ってきたのは、【ああ】の一言だけだった。 それを見つめていると、目が少し熱くなった。 額の傷も、ズキズキと痛む。 しかし、涙がこぼれ落ちそうになったその時。 画面の上部に、見知らぬアカウントからのメッセージ通知がポップアップした。 私は訝しげにトーク画面を開く。 【藤沢だけど】 相手は単刀直入だった。 【金払えばパシリになるってマジ?】 私は少し考え込む。 そう言われればその通りだけど…… 真斗以外の誰かと、そんな取引をしたことは一度もない。 とはいえ、向こうから舞い込んできたビジネスを、むざむざ断る理由もなかった。 だから私は返信する。 【そうだよ。私に何をしてほしいの?】 すると、彼からボイスメッセージが送られてきた。 スピーカーから聞こえてきた声は、気だるげで、どこかふざけたような響きを帯びていた。 「あー、明日、俺の分の朝飯買ってきて」 …… 翌朝。 教室の入り口に着いたところで、ちょうど真斗と鉢合わせた。 彼は最初、ひどく冷淡な態度だった。 しかし、私が提げているコンビニ袋を目にした途端、ふっと微かに眉を上げ、口元を緩めた。 そして、すっと手を伸ばしてくる。 「もういいって言ってたのに。なんで俺の朝飯まで……」 けれど、彼が言い終わる前に、横から歩いてきた和樹が、私の手からその袋をひょいっと奪い取った。 彼は中身をちらりと覗き込む。焼きそばパンと紙パックのカフェオレが入っていた。 「お、いいじゃん。サンキュ」 そう言い残し、彼は私たちに目もくれず、そのまま自分の席へ向かった。 生徒たちが行き交う教室の入り口。 真斗はその場に立ち尽くし、しばらく私を見据えていた。やがてポケットに手を突っ込み、強張った表情で言った。 「……今の、あいつのために買ってきたのか?」 隠すようなことでもないから、私は頷いた。 「うん、そうだよ」